(株)徳本適正技術研究所
代表取締役 徳 本  靖
 平成12年度農林水産省委託事業「機械化農業生産体系確立海外技術協力促進事業」で、カンボディア王国の調査委員として参画し、2001年4月にJICAカンボディアプロジェクト形成調査で1998年以来3年振りにカンボディアの農村部を調査してまいりましたので、以下ご紹介いたします。


■■ 国の概要 ■■
 カンボディアは、モンスーンアジアの一部であり、北緯10度から15度にまたがる亜熱帯圏にある。現国土面積は、181千・で、日本の48%、タイの3分の1、ヴィエトナムの2分の1、ラオスよりは僅かに小さい。カンボディアは森林の国でもあるが、国土の40%は平野である。
 地形的にカンボディアは、中央に位置するトンレサップ湖や多くの湖沼とメコン流域の平野と平野部を取り巻く山地・高地の2つに分かれる。南西と南にはエレファン山脈とカルダモン高原、北にはダングレックの山々、東はアンナメテイック山脈に連なる高地がある。ラタナキリ(500m)とオークロン(1,100m)の高原に阻まれて赤色土の広大な土地が未開のままである。
 カンボディアは、1970年には王制を廃止して共和制に移行したが、国内は以前から内戦状態であった。1976年から始まったポルポト政権による大量住民虐殺・難民流出は国民に大きな悲劇を生んだ。1979年に起きたヴィエトナムのカンボディア侵攻により親ヴィエトナムのヘンサムリンを首班とするカンボディア人民共和国ができた。1980年代の後半からおきた旧共産主義諸国の崩壊等の世界政治や経済の影響が、カンボディアにも大きく作用した。政府とシアヌーク派などの和解が進み、1993年には国連(UNTAC)のもと総選挙が行われて勝利を収めたフンシンペック党のシアヌーク殿下のもとに民主王制の新生カンボディア王国が誕生し、現在に至っている。
 1960年代には食糧を自給して米・ゴム・トウモロコシ等農産物を輸出していたが、1970年代から1980年代の内戦と混乱の中で、国土は荒廃し、特に1975年〜1978年のクメールルージュ政権時代に全ての産業が壊滅的打撃を受けた。1980年代のヘンサムリン政権時代には米等の主要穀物生産は、量的にはかなりの水準まで回復したが、いまだに1960年代のカンボディアまでには至っていない。
 現在のプノンペンでは耐久消費財が氾濫し、レストラン・高級住宅の建設ラッシュ等で、表面的には好景気の観があるが、食糧も含み生産活動は未だ十分でなく、多くが輸入に依存して大きな貿易赤字を抱えている。政府は国のあらゆる制度・法律等の再整備・確立を模索中で、経済の基本となる金融制度・徴税制度も未だ不備である。世界銀行の「WorldBankAtlas1998」によると、1996年の1人当りの国内総生産(GDP)は、US$130で、同年のインドネシアUS$1,147、タイUS$3,024、フィリピンUS$1,165に比べても極めて低く、ラオスUS$368、ヴィエトナムUS$270の半分以下である。実質経済成長率に関してのデータはない。
 1997年における総人口は10,516千人、農業人口は7,487千人(71.2%)、国土総面積に対する人口密度は58人/・で少ない。人口が少ないのは、現代のヴィエトナム戦争・内戦・ポルポトの大虐殺で失われたことを別にして、隣国から攻められやすい地勢的条件によることが大きい。
■■ 農業の概要 ■■
 カンボディアの稲作は、1992/1993年の作付統計によると雨季作74%、浮稲7%、乾季作19%で、降雨や浅く氾濫した洪水を利用した雨季作を中心として行われている。早生稲は灌漑設備を有する地帯での乾季作、9月以降深く浸水する所での稲作が多い。中生稲、晩生稲および晩々稲は雨季作、いずれも田植は6〜7月頃を中心に行われているが、刈取は12月〜2月に行われる。浮稲は4〜5月に直播されて浸水に従って伸び、1〜2月に倒伏した稲の穂だけを刈り取る。減水期作は洪水の引き際を利用して囲みにその水を貯めて行う乾季作の一種である。メコン河に対して直角に水路を設け、洪水時の引き際で水門を閉じるコルマタージュ灌漑システムが南部ではメコン河沿いで随所に見られ、日本政府の無償援助、技術協力も行われている。
 林業・水産業・畜産業を含む広義の農業は、カンボディアGDPの約50%を占めており、就業人口の80%を従事させている。食糧やゴム等の狭義の農業生産は、GDPの25〜30%、畜産業は13〜14%、水産業は4〜5%を構成しているが、年々減少の傾向がある。

 主たる稲作地帯はメコン川流域のカンダル州、タケオ州、プレイヴェン州、スヴァイリエン州およびトンレサップ湖北西岸のバッタンバン州に集中している。稲作の大部分が一毛作で、1ha当りは1〜2トンと収量は低いが、1960年代では最大の輸出産品であった。20年余にわたる内戦の結果、1990年代においては、カンボディアは大量の米を輸入し、外国や国際機関から食糧援助を得て、やっと国民を養ってきたが、近年では自給率が達成されている。ただし、生産は地域によって偏在しており、社会インフラの未整備・国家予算不足等で 食糧不足州に行き渡らず、WFPは、国内調達米による食糧援助を続行している。
 カンボディアは、米のha当りの収穫量は世界でも最も生産性の低い国の一つである。近年ヴィエトナム国境付近では輸出向けの化学肥料を投入したIR系の高収量品種(HYV)の栽培が始まっているが、まだ一部に過ぎない。粗放農業からの脱皮には、農業インフラの整備、優良適正品種の開発、農業技術普及のための普及員の養成等、多くの課題を一歩々々進める必要がある。一方、カンボディア国民の多くはIR系の米を好まない。作ってもカンボディア国民の嗜好に合わず売れにくいため、普及が進んでいない。アジアの米食民族は、それぞれ米に対する味覚を持っており、21世紀は食糧増産とともに、銘柄米増産のプロジェクトが必要とされるであろう。
■■ 農業機械化の現状 ■■
 第1次機械耕耘(荒起し)の後の第2次耕耘(砕土均平作業)は、未だ畜力で行なわれる場合が多く、機械化の進んでいるバッタンバン州でも牛が14万7千頭(役牛7万4千頭)、水牛が8千頭(役水牛5千頭)が飼育されているが、牛の割合が高い。
 タケオ州の1995年稲作面積は、216千haある。2001年1月の聞取り調査では、雨季作182千ha、乾季作58千ha、計240千haと微増している。一方、人口増加が進み、米不足の地域もあり、毎年3ヶ月程度の米不足を生じる。
 天水利用の2頭立ての白牛による耕作がほとんどであるが、調査時が乾季の盛りでもあり、痩せ細った牛が殆どであった。
 朝5時から午前10時までの稼動で、1日1.5〜0.2haを5時間耕起し、2頭立の価格は平均1頭50万x2= 100万リアル(30,500:US1.00=3,900リアル=116、1=33.62リアル)で、訓練のしっかりした良い牛の場合はその倍する。雨季作の稲は、1ヶ月程度の苗の田植を行う。乾季作では13日〜25日程度の苗で田植を行う。天水利用のため、時期を逸することがあ
 カンボジアにおける代表的農具は、山刀(草刈等多目的)・くわ(除草にも使う)・鎌・畜力プラウ・畜力用櫛歯ハロー(砕土均平)・牛車等である。これらは村落の鍛冶屋で作られ、売られている。農作業用の多くは人力か雄牛や水牛の畜力で行われている。耕起や砕土均平作業は、2頭立で行われる。
 1ペアの価格は100万〜200万リアル(30,660〜61,320)で、1日当り0.15〜0.2haの作業を行う。畜力が多く利用される長所は、低い作業賃、堆肥の生産と肉生産の目的もあるからであ
 耕耘に要する時間が、1ha当り7〜10人日もかかり、その間他の作業が行えないことである。また牛や水牛は、1日の内数時間しか労役に利用できず、水・餌やりや、予防注射を必要とすることである。
 灌漑設備は5,000haから1ha程度のものまであるが、1ha程度の個人灌漑が一般的である。動力軸流ポンプ(バーチカルポンプ)、ペダルポンプ、2人でバケツ等に紐を付けてスウィングさせるスウィング・バケツ方式や1人で三脚にバケツをぶら下げて行う三脚揚水シャベル方式、足踏み水車方式等伝統的揚水方法が利用されている。
 防除器(噴霧器)はポリエチレンタンクを加工した手製手押し(水鉄砲式)噴霧器が使われているが、農薬の安全使用には程遠い現状である。
 写真のペダルポンプはカンボディア王国航空の機内誌(2000年4月/5月号)に紹介されたもので、1994年にアメリカのNGO:IDE(InternationalDevelopmentEnterprises)により開発され、2シリンダーで60リットル/分の性能がある。バッタンバン州等7州で生産・販売されて乾季稲作・野菜生産で農家の所得向上と地場産業育成に貢献している。タケオの聞取り調査によると1基US$200程度とのことであった。エンジン駆動の低揚程の遠心ポンプは、1990年から灌漑水利用可能な浮稲地域で乾季作が始まった時から普及し始めたが、小型動力ポンプの主流はバーチカルポンプである。必要動力は4〜7PSで、揚水量は約100リットル/分程度で、燃費は0.4リットル/時である。
 1979年以降、カンボディア政府はソ連を始め社会主義諸国からトラクターを輸入して食糧増産と農業の近代化(機械化)を計った。タケオ州には1979年〜1989年にかけて100台のトラクターが農業技術局から導入された。当時トラクターや農業機械は国有財産であり、主に年間3〜4ヶ月(3月〜5月/6月)の耕起作業のみに利用され、残りの月は運搬用に使われた。
 1989年以降は、前述のようにトラクターの国有化が解かれて個人・共同所有化が始まり、農家は新しいトラクターを民間農業機械販売店から、古いトラクターは政府から購入することが出来るようになった。社会主義国からのトラクターは、1987年から部品不足等もあり、劣化が進んできた。元国有トラクターの80%は個人農家が、20%は共同農家が保有している。タケオ州においては、大型トラクターは州南部の人口の希薄な地域で利用されている。特にこの地域は浮稲の主産地である。
 トラクターを所有する個人農家は、自分の圃場のみならず、契約による賃耕業も行っている。賃耕代は1ha当り3万〜5万リエルであり、デイ―ゼル油の価格は1,700リアル/リットルである。ロシア製トラクター(80PS)による1日当りの作業面積は0.5〜1.5haで、この地域の最小圃場面積は0.5haである。約1,300台のパワーテイラーがタイ、中国、日本から輸入された。
 脱穀機や精米機の普及も1990年代から始まってきた。脱穀機は、タケオ州南部のヴィエトナムの国境付近で、ヴィエトナム製脱穀機の普及が顕著である。精米機は農家が豚・鶏用飼料として精米の副産物である米糠を必要とし始めてから普及がはじまった。
 機械による耕耘面積は20万haを既に超えているが、水田畑作面積433万haの5%弱に過ぎない。バッタンバン州農林水産局普及事務所長の話しによると同州には大型トラクターが695台、パワーテイラー2,600台、大小ポンプ3,470台、脱穀機350台、精米機865台が稼動しているが、大型トラクターの多くは老朽化している。燃料不足、知識不足が更に足を引っ張っている。バッタンバンを含むタイ国境周辺の北西部の州も、同様な傾向であり、プノンペン等の農業機械販売店の数、聞取り時の販売台数からみても、バッタンバンのみならず南部におけるパワーテイラーの普及台数に関しては1999年の数倍の普及と思われる。
■■ 農業資材の動向 ■■
 1995年のCIAP(Cambodia-IRRI-AustralianProject) BaselineSurveyReportNo.5(バッタンバン・カンダール・コンポンチャム・スヴァイリエン・タケオの5州)によると集約化農業における施肥法は、本田においてはカンダール州・タケオ州の農家の施肥率が高い。苗代においては、いずれの州も有機肥料を中心に施肥が行われており、苗代の有機肥料の単位面積当りの投入量は本田の5州平均の5.6倍にもなる。これは本田に投入する基本資材への資金不足が伺える。
 一方、カンボディアの農業資材は殆ど輸入に頼っており、輸入量も限定され、集約化農業面積に対応できる量ではない。輸入増が可能であっても農家の収入増が無い限り、これ以上の投入は難しい。普及を進めるためには、種子・肥料・農薬・農機具(農業機械も含む)をパッケージにした融資システム等、タイ・インドネシア等で取組まれた手法がある。今後、カンボディアの農業行政・金融・技術体制の整備が進むことで取組まれるものと思われる。
 粗放農業中心のなか、集約化農業に取組んでいる先進農家においても農薬の使用率はまだ低い。1995年における農業機械への地域別投資は、バッタンバン州が進んでおり、農家当りの投資額でコンポンチャム・スヴァイリエンの倍近い。これは1農家当りの経営面積が影響しており、ha当りでは50%増に止まる。1995年時点における耕起作業は、バッタンバンを除き、畜力が主流である。この投資の推定値は賃料と見られる。
 流通は、商業省傘下のグリーントレーデイングが主として行っている。農業省傘下の中央農業物資公社の商いは小さい。カンボディア精米協会やタイの精米業者による種子・肥料・農薬のパケージ契約栽培もバッタンバン地区の銘柄米を中心に行われている。
■■ 民間の動向 ■■
 農家の多くは、機械化センターを頼りにせず、「民活」での農業機械化の普及が進んで来ている。
 現時点では農家の購入農業機械の第1位は軸流バーチカルポンプである。タイからの輸入で2,000バーツ(200,000リエル:6,130)。
 最近の製造業者の動きとしてプノンペンで投込式動力脱穀機(IRRI型)の生産が始まってきた。IRRI型は、インドネシアやタイで20年前から普及したもので、扱ぎ歯にボルトを使ったり、現地で安価に入手できる部品が使える設計となっている。地方の製造業はやっとペダルポンプの製造ができる程度の技術レベルである。農業生産に係る農村工業の起業が急がれているが、機械化のよる生産性向上、機械化により生じた余暇を利用してできる農村工業の創出が期待できる。
 カンボディアの農業機械化は、バッタンバンを中心に進展している。タイの経済・農業技術は、バッタンバンを経由してカンボディアに大きな影響を与えてきている。
■■ カンボディアの農業機械化の課題と今後の方向 ■■
 カンボディアの米生産の自給ははほぼ達成されている。米の流通市場から見ると、生産される米の殆どは農村の自家消費米に廻っており、米市場は非常に小さい。一方、在来種の銘柄米は高収量品種(HYV)に比べて高く売れ、HYVは売れにくい。土地・圃場条件により草丈の高い在来種しか栽培できない地域が多く、土地条件等にあった在来種の改良が必要であるCADRIによりカンボディア在来品種の収集・整理は進んでおり、この中から次の選抜改良事業が行える。これまでCARDIが選抜改良してきたCAR種はわずかであり、大きく普及しているのはシエムリアップ県向けのみである。地域・土壌・水源に応じた新しいCAR種の開発が待たれている。
 また農家の営農資金は極めて小さく肥料・農薬等を購入する資金さえない。圃場準備作業は伝統的に畜耕の委託作業(賃耕)が行われているが、機械耕にシフトしつつある。これらを鑑みるとまず、在来品種の改良とその普及種子の生産配布計画と、それに対する営農技術の協力が必要となってくる。
 カンボディアの稲作機械化栽培技術に関しては、1960年代のこの計画で一応の方向付けがなされており、この技術を基礎にこれまでCARDIで育成された在来改良種(CAR種)と今後開発されるCAR種を中心とした実証普及事業プロジェクトの展開がカンボディアの現状に合っている。この計画のもとで人材育成を進め、さらなる在来種の選抜・改良、農業インフラの整備、集約化農業の推進、適正機械化技術等の改良技術の検証を図る必要がある。
 カンボディアの機械化推進の大きな課題は、男性農業労働力の不足と伝統的粗放農業から集約化農業への転換の遅れ、それにともなう農村金融の不備と農業機械の共同利用(賃耕)のための資金不足、教育普及の欠如、システム運営の能力不足等への改善である。これは農業分野のみならずカンボディアの総ての分野に共通した課題である。
 一方、カンボディアの伝統的な「持続的環境保全型」農業技術は、カンボディア国民の大切な財産である。国土・人心が荒廃した中での復興には経済的な手法のみならず教育・文化・自然の調和を取りこんだ復興協力が必要であり、農業技術(機械化も含んだ)の協力にはこの点も是非織り込んだ住民参加型協力の必要がある(在来種選抜改良、普及計画の中に中央政府・地方政府・中核農民を同じ土俵に上げて推進する等)。