4.農業機械化行政

   1990年代後半のアジア経済危機以降、東南アジア諸国の経済は、徐々に回復しつつある。WTO自由貿易制度により、農産物輸出国、輸入国とも21世紀に入って新たな農業戦略を立直しが図られている。環境にやさしい農業を中心として、農業資機材の投入も大きな変化が見られる中、農業機械化の需要はパワーティラーを中心に増大している。他産業の進展とともに農業就業人口が減少して労賃は各国とも高騰しており、多作化の振興によって農業機械化の需要が激増してきている。
  気象・植生・土壌・水利条件等により営農システムが異なるため、各国とも簡素で安価で耐久性の良い稲作対応の適正農業機械の開発を求めている。日本・韓国・台湾の稲作用中古機械がもてはやされているのもこうした背景があるためである。
   工業化の進展のあるインドネシア・フィリピン・タイ・ヴィエトナム・インドやスリランカにおいては、国による適正農業機械研究開発が進められている。適正農業機械開発に当たっては、作物に応じた機械化営農システムの構築が欠かせないが、多くの国ではこうしたソフトの提供が欠落したまま農業機械化が進展している。ソフトの取りまとめは、農業機械研究機関のみでは難しく、栽培研究部門・普及部門・営農集団や農協・民間農業機械製造販売業者・農業関連銀行等を巻き込んだ国主導の農業機械化協会の設立が必要と思われる。タイやインドネシアやインド等では研究機関やこうした組織がソフトの提供を行っている。
  機械化が進んでいる国でも「農作業安全」の推進は皆無であり、貴重な人的資源を守るためにも重要な課題である。
   農家・営農集団の農業機械購入にあたっては、各国とも条件は異なるが融資制度がある。パワーティラーと作業機の組合せが多く、水田車輪・プラウ・代掻き用機械・トレーラーが中心で、バーチカルポンプが標準装備となっている国もある。
  バンコクに本部を置くESCAPの中にあるRegional Network of Agricultural Machinery (RNAM)が、韓国・中国を含む東南アジア諸国11カ国(フィリピン・インドネシア・タイ・ヴィエトナム・マレーシア・ミャンマー・バングラデシュ・ネパール・パキスタン)の農業機械の開発・検査に係るネットワーク作りと先進工業国(OECD)の試験検査レベルより低いトラクターとパワーティラーについてRNAMテストコードを設けて、途上国向けの適正農業機械の開発・試験検査の普及を行っている。しかし、ここでもハードの指導が多い。

  農業機械製造は、民間・国営企業によって行われている。インドネシア・フィリピン・タイでは民間企業であり、日本・台湾・韓国系の企業が参画している。旧計画経済国では、トラクターは国営企業が組立工場を持ち(一部部品製造)、販売網も独占している。近年ではパワーティラーや中古トラクターの分野は、民間企業も参画している。
   日本・台湾・韓国系の製造業社は、製造技術・品質とも向上しており、東南アジア市場のみならず東北アジアへの輸出(製品・部品)も増えてきている。これは設計技術・製造技術・検査技術・品質管理技術指導を受け、積極的に改善してきた結果である。タイは近年、パワーティラーを中心に年間約5万台を輸出している。これには日本から輸入した中古トラクターやパワーティラーの再整備したものも含まれている。
  一方、旧計画経済国におけるこれらの製造技術は数十年前のままで未熟である。ひとつは経済が不安定で、外資導入制度の不備や外貨不足で、技術・材料・部品・近代的な製造機械導入が難しいことと人材不足等である。設計思想も古いままで、機械重量一つ見ても近年の高度に発達した板金加工技術で軽量強化されたものに比べて格段に重い。国別の開発・生産・検査設備に係る技術レベル(暫定)の指標と評価を後述の表8-2に示す。
  国別農業機械の製造台数は、FAOの報告ではされておらず、稼動中トラクター(パワーティラーを含む国もある)の台数・輸入台数・輸出台数が報告されているだけである。限られた国だけで製造台数が工業省関連統計として報告されている。
  表3-2に稼動中のトラクター台数・収穫機と脱穀機の台数・トラクターの輸入台数・輸出台数を示す。

1)農業機械化はトラクタリゼーション(動力機械化)だけでなく畜力・人力機械の開発普及も重要
  東南アジアでは、もともと人力で圃場準備作業を行うことは少なく、畜力での耕運することが主流であり、賃耕のシステムもあった。(動力)農業機械の普及が進んできたとは言え、国によっては30%から90%は畜力に頼っている。社会インフラ整備が遅れている国では畜力による運搬作業が大きく貢献している。中山間地は未だ畜力が主流であ
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スリランカ農業機械開発センターで開発された農具類
インドネシア ロンボク島のタナ・ゴラ耕法
           乾季末「金テコでひび割れた耕土を起こし、ハンマーで荒く 砕土する。 こうして通常の耕耘作業が始まる。
カンボデイアの水鉄砲式噴霧機
ミャンマーの籾乾燥・精選
  また東南アジアといえども熱帯雨林地帯から年間雨量1,000mm以下の半乾燥地もあり、特に半乾燥地では稲作より畑作が中心であり、貧困層が多く、動力機械化の恩恵に預かりにくい。畜力・人力機械の改良・開発への援助国・被援助国の研究者・技術者・製造業者の興味は薄い。
  インドはこうした技術の宝庫であり、人材・技術・サンプル等も豊富である。農業機械化の研修において畜力・人力機械の研修は、インドで行うことも検討の余地がある。

2)大型トラクターによる耕盤破壊と除草作業(除草機械の開発)
  東南アジアでも高地や緯度の高い地域では、移植(田植)が主流であるが、平地の稲作は直播が増大してきている。田植・直播に係る機械化の問題点は、均平作業の不備である。特に旧計画経済国では、トラクターステーションによる賃耕サービス以来、大型の60馬力以上の畑作用重量トラクターが用いられており、耕盤が破壊されやすく、破壊された場合は、均平作業が難しく、湛水後に冠水のできない部分ができる。ここが雑草の繁殖地(島)となって問題を起こしている。水田稲作では、日本式の軽量水田用トラクター(40馬力以下)の導入が望ましい。
  欧米の畑作用大型重量トラクターで水田の耕起均平作業を行うことは耕盤を守る上で極めて危険であること。また防水機能が悪いため補修技術が未熟である国での水田作業においては、短期間で使用できなくなること等をODA担当機関や被援助国の農業機械化行政担当者に認識してもらうことも重要である。
  また、除草作業がいかに重労働であり、農家は除草剤を購入する資金が無いことを認識することもじゅうようである。環境にやさしい農業を進める上でも適正な動力・畜力・人力用除草機器の開発と雑草を押さえる圃場準備作業の改善が必要とされる。
  日本では、ペーパーマルチシステムによる無除草剤の稲作栽培が始まっている。問題は紙のコストである。東南アジアでは紙を生産する繊維は、バカス(サトウキビ残渣)・雑草・藁等の各種農産廃棄物等豊かである。安価な紙を利用するシステム作りもその可能性を秘めている。

3)収穫後処理技術
  多作化の進展とともに籾の雨季収穫が増えてきた。収穫・脱穀・乾燥作業対応が遅れており、特に籾の乾燥作業が大きな問題を抱えている。インドネシア・ヴィエトナム・タイでは協同組合や集荷業者・仲買人・精米業者を中心に乾燥機の導入が進んできた。
  農家にとっては籾売渡し時の籾水分・夾雑物 注1) により価格決定されるため、重大な問題である。農家の営農資金は限られており、安価な乾燥貯留設備や機械化営農にあった栽培時期の指導や適切な品種の投入等ハード以外の研究や指導が求められている。
  東南アジアにおいて籾摺・精米技術等収穫後処理は、集荷業者(仲買人・精米業者等)の領分である。乾燥籾中の夾雑物は籾の農家売渡し価格に影響する。脱穀後の籾処理技術の改善は必要である。
ラオス村落の賃搗精米所
タイ製(旧式)の精米ユニット
カンボジアの精米工場
     注 1):アジアの農家の米の取引形態は「籾」であり、「玄米」取引は特殊な形である。
4)多作化と農産物市場・流通インフラ整備
  農業機械化による多作化は農家の収入向上の切り札であるが、農作物の市場・流通が整っている国では効果的である一方、ラオス・カンボデイア等未整備の国では、生産された農作物の買上げ・販売網がなく、作っても売れない。国内の市場・流通体制が整っていない中で2003年から始まるGAT農産物協定により農産物も国際競争を余儀なくされており、農産物輸入国は農業政策に苦慮している。
  これからの協力にあたっては、営農技術・システムの改善以前に、農産物市場・流通体制を確認してから技術協力することが重要である。特に東西南アフリカ諸国の援助に関しては、この点が極めて重要である。