3.  農業機械の普及および適正農作業体系

近年の農業機械の急速な普及は稲作単作のためだけではなく、また潅漑設備の有無だけでもない。旧計画経済の国々では、強制計画栽培が撤廃されたため,農家が収入を得るため多作化に取組んで来たことも大きく影響している。短い作期間に農業機械なしでは営農ができないことも普及を拡大している。作期間の主要な農作業は脱穀調整作業と次作の圃場準備作業である。稲作後の雑穀等の作期では、不耕起営農もかなりのシェアで行われている。(表3-2 農業機械普及実態を参照されたい。ただし、国によりトラクターの台数は、パワーティラーを含んだもの、含まないものがあることを注意されたい。)
カンボデイアの農業機械販売店
(手前はバーチカルポンプ)
中国製パワーティラー装着コンバイン
(スリランカ農業機械販売店にて)
1)動力(農業機械)によるおおよその圃場準備作業時間は、パワーティラーで半日〜1日弱/ha、4輪トラクターで半日弱/ha、一方、畜力(2頭曳き)では10日前後/haで、1頭曳きの場合は2週間/ha以上はかかる。農業機械の作業性の高さは明確である。
  パワーティラーの所要馬力は、インドネシアでは10馬力以下であるが、インドシナでは10馬力以上である。農家の営農面積の違いがあり、インドネシアでは小規模圃場の多いジャワ島を中心に普及したためである。機械による農作業は耕耘作業だけでなく、農産物や農業資材の運搬も重要な作業である。現時点のジャワ島においては中山間地を除きパワーティラーの普及が進んできた。小馬力では運搬作業性が悪く、今後ジャワ島以外の外領での普及が進んで来るため、10馬力以上の開発が必要となってくるものと思われる。インドシナの国々では12馬力クラスのパワーティラーにステアリング機構を設けた丸ハンドルの農民者(農作業にも活用)が広く普及している。
  インドシナのパワーティラーの仕様は、営農形態がタイに近いため、タイ仕様の歩行型でデイスクプラウ仕様が多いがヴィエトナム・ミャンマーは、これまでの導入の経緯もあり、また低湿地帯が多いこともあってロータリープラウ仕様である。ロータリーシステムはデイスクプラウやボトムプラウに比べてコストは約30%高い。ロータリーに稲藁や長い切り株の巻きつき等で作業が中断しやすいため、各国の農業機械化担当者はデイスクプラウやボトムプラウを普及してきた。ロータリー耕は、収穫時の刈高さや圃場に残る稲藁とロータリーの価格問題があり、それぞれの国の経済・機械化営農の発展段階・機械化の歴史に応じて選択される。
ラオス トラクターによる耕耘
(デイスク プラウ)
カンボジア パワーティラーによる耕耘
(デイスク プラウ)
   最近の動向としては、圃場準備作業の機械化が進んでいるところでは、歩行型パワーティラーは重労働であり、乗用型パワーティラーが欲しいという農家が増加している。ミャンマーの国産パワーティラーは、中国製品のコピーであり乗用型でロータリー式でもある。
  4輪トラクターの仕様は、一般に欧米の畑作用トラクターの転用の経緯もあり、デイスクまたはボトムプラウであるが、耕盤破壊や1筆圃場面積が畑作に比べて小さいこともあり、軽量な水田用トラクターによるロータリー耕の見直しがタイを中心に始まっている。
  畑作用トラクターの問題点は、水田用と比べ重いことで、耕盤破壊等を引き起こしている。また、防水対策が弱く、泥水が入りやすい。ミャンマーのトラクターステーションにおける多くの修理作業は、ギアボックスや動力伝達装置に泥が溜まるため、ギアボックスや水田での分解・清掃・組立作業である。修理技術の低いアフリカでは、畑作用トラクターの水田での運用は極めて難しい。
  農業機械の価格は仕様・性能・品質等で大きく変わる。中古市場からの供給で機械は安く高品質のものが入手できるようになったが、東南アジア各国の農家が農業機械を単独で購入することは、まだ夢の中の夢である。多くは大農・賃耕業者や営農集団・組合が購入している。農業関連金融機関からの融資も営農集団メンバーの連帯補償で請けることが多い。
  一般の農家にとっては、全生産コストに占める圃場準備作業や播種作業・収穫作業の費用が自分の経費内で納まるかどうかが大きな問題であり、自分で農業機械を所有するかどうかは別問題である。コントラクターへの経費が安ければそれにこしたことはなく、作業日時が自分の意思で決まらない難はある。

2)東南アジアの潅漑施設の多くは給水設備が主で排水設備を備えたものは少ない。ただし、ミャンマーのエーヤワーディ(イラワジ)河デルタでは、雨季の大降水量に対応して排水設備に力を入れているところもある。中央農業試験場(研究所)等主要な展示農場では、4輪トラクター対応の圃場への進入路が設けられているが、一般圃場で農業機械の圃場への進入路は殆ど見られなく、圃場準備作業時は畦畔超えで進入する。
  スリランカの潅漑の歴史は古い。中央山地に発して四方へ河川が流れているが、中間地域・乾燥地域(島の中央から北)には、タンクと呼ばれる貯水池と潅漑水路が数多くある。緩やかな傾斜に沿って圃場があり、田越し潅漑である。
    バーチカルポンプによる揚水(タイ中央平原)
末端潅漑水路への揚程は数10 cmから1 m程度である。 バーチカルポンプの動力は写真のようにトラクターやパワーティラーが多い。
コルマタージュ潅漑水路から乾季の揚水
(カンボデイア 輻流ポンプ)

タイの中央平原では、機械化に対応した構造改善事業が行われており、水路に沿った農道から大型の農業機械が各圃場に進入できるようになってきた。浮稲で有名な湿地帯では掘割・盛土によって乾田化の事業も進められている。乾燥地域の東北地方では地下水揚水計画が進行している。
  2000年における国別潅漑面積およびその比率を表3-1に示す。

  タイ・スリランカ・ラオス・カンボデイア・ヴィエトナム南部等では、バラ播き直播が多い。スリランカでは労賃の高騰により移植(田植)は、中山間地の棚田と南部の湿地帯でしか見られなくなっている。密植バラ播きのため、後に続く除草作業や病害虫防除作業や収穫作業等の省動力化が困難となっている。密植や湛水による雑草の抑制等の減農薬に対する手法もとり行われている。農作業の歴史的経緯や生産コストからみると、これらの国や地域での田植機の普及は当面は無いと考えられる。

表3-1 2000年における潅漑面積

国  名 潅漑面積 潅漑面積比率 農用地 農用地比率 土地面積
1000 ha @/B (%) 1000 ha B/D (%) 1000 ha
@ A B C D
インドネシア 4,815 10.80% 44,723 24.70% 181,157
ヴィエトナム 3,000 37.50% 7,992 24.60% 32,549
フィリピン 1,550 13.70% 11,330 38.00% 29,817
ミャンマー 1,982 18.30% 10,811 16.40% 65,755
ラオス 175 9.50% 1,836 8.00% 23,080
カンボデイア 270 5.10% 5,307 30.10% 17,652
インド 54,800 30.30% 180,610 60.70% 297,319
スリランカ 665 28.30% 2,350 36.40% 6,463
タイ 4,998 26.60% 18,800 36.80% 51,089
出典: FAO Stat Database 2002
スリランカの田植(乱雑植え)
ほとんどがばら播き直播で、中山間地での風景
西ジャワ 乾季の収穫 (収穫労働者集団)

3)集約化農業が普及する中、防除作業では噴霧機の普及が進んでいる。背負い式の手動・動力噴霧機が多い。ラオス・カンボジアでは、村落で水鉄砲式の手動噴霧機が作られている。バラ播き直播を行っているところでは、除草作業に除草剤が利用されている。条播用播種機の開発が待たれており、これに続く作業で除草機の開発が必要とされている。

4)インドシナではIRRI型の投込み式脱穀機の普及が著しい。農業機械の賃貸業では動力脱穀機も主要なリース商品である。ラオス・カンボデイアでも普及が急速に進んできており、IRRI型脱穀機の製造業者も現れてきた。インドネシアでは、収穫労働者が刈取りと同時に脱穀する場合が多く、3〜4人で圃場へ運搬できる軽量な国産の動力脱穀機が普及している。
  コンバインは、賃刈業者を中心にタイで普及が始まってきた。ミャンマーやスリランカのトラクターステーションでもサンプル的に導入しており、今後主要な事業に育てる計画である。足回りに難があり、現地で対応できる安価な足回りの開発が待たれている。タイ製のコンバインはカスタムメードであり、中古のトラックエンジンや中古の建設機械の足回りで作られる。中国製のパワーティラー装着用コンバインもスリランカでは見うけられたが、コントラクターが利用するにはスケールメリットがでないとのことであった。一般に脱穀作業は、地干し2〜3日後圃場内脱穀場で行われる。コンバインは生脱穀であるため、脱穀後の乾燥・貯蔵等収穫処理後の技術改善が必要とされる。


IRRI型脱穀機 扇風機装着パワーティラー(スリランカ)
タイのカスタムメイド コンバイン インドのコンバイン
5)緑の革命以降、IRRI系の高収量品種(HYV)の導入により種子・肥料・農薬をパックにした集約化農業が進められてきた。多くの農家にとって米は主食であるが、雑穀・野菜等と同じ農産物であり、売れなければ作らないだけである。また国ごとに国民の食味は大きく異なり、タイでは美味しい「香り米」も、隣国カンボデイアでは自国の香り米に比べて「固い」といわれている。カンボデイアでは食糧不足であるにもかかわらず、IRRI米が売れないと言う現象もおきており、「最貧国」でも美味しい米が要求され、品種改良に当っては不味い米は売れないという「アジア稲作国民の米文化」を十分理解する必要がある。一方、電気釜の普及は地方電化の進展と同時に進んでおり、在来の「湯取り法」・「蒸熱法(モチ米)」から一気に電気釜を使った日本式の「炊き干し法」に変わりつつあり、食味も徐々に変わりつつあることも理解する必要がある。
   農業生産にあたって「環境に優しい」ことが世界中で要求されており、「減化学肥料」・「減農薬」で営農できる「低生産コスト」の営農システム開発が要求されている。アジアにおいては、単に増産だけの時代は20世紀で終わっている。