本会が事務局を務める全国農業機械化研修連絡協議会の総会に引き続き開かれた農業機械化研修担当者研究会で、生研センター・評価試験部長の森本國夫氏は「農業機械の安全装備と農作業事故」と題し講演した。その要旨をみる。(文責=本会)
最初に
 検査とか安全鑑定などを通じて鑑定基準が作られて、それに基づいて農業機械にいろいろな安全対策が施されてきました。その安全対策が事故の防止にどれくらい貢献できているのだろうかという視点で、過去を振り返ってみて今後の糧にしたいと考えています。 ただ、機械が良くなったから事故が減るとは簡単に言える話ではありません。いろいろな方面の努力があって効果が出るということだと思います。
農業機械の安全装備と事故の状況、防止策
乗用型トラクターについて
 まず、乗用トラクターですが、機械作業による死亡事故数で第1位を占めており、機械作業死亡事故のほぼ半分が乗用トラクターによる事故です。トラクターの平均使用年数は19年になっており、19年経っても半分のトラクターしか入れ替わりがないということです。つまり、新しい安全基準が適用されても、トラクターがそれに対応するまでに非常に長い年月がかかるということです。 どういう安全装備が必要といわれてきたかを振り返ってみると、昭和49年の型式検査での基準は、可動部の防護、作業機昇降装着装置のロック装置、車輪やPTO軸の防護、大型のものについての始動安全装置でした。不用意に触れてしまうと事故が起きるような危ない場所にカバーを付ける、意図しないで触って危険部が動いてしまって事故が起きることを防止するためのものとなっていました。 昭和51年に安全鑑定が始まったときに、もう少し安全装備の部分が追加され、高温部の防護、作業者席及び機体乗降部からの転落防止、操作部の表示をキチッとして誤操作を防止する、全てに対する始動安全装置の装備などが加わりました。
平成9年から全てに安全フレーム装備 安全キャブ・フレームに関しては、検査と安全鑑定で実施時期に若干ズレがあります。当初は装着可能な構造であることということで、着いていなくても着けられものが用意されていればよいということでした。それから徐々に装備の基準が厳しくなっていき、安全鑑定では平成9年から全てのトラクターに装備ということになりました。 こうした対策と事故がどうかについて、富山県では死亡事故以外も調査していますのでそれをみると、昭和51年に安全鑑定が実施されると、普及台数は増加しているにもかかわらず事故が減っています。ただ、平成に入ってからはもう減らない状況になっています。 平成3年からまた、新たな動きがあり、可動部の防護にISOの規格を入れました。あるいはエンジンの停止装置をワンタッチにする、運転操作装置の配置、取扱説明書の規定もできました。15馬力以上の車輪式には安全キャブ・フレームを装備していることになりました。 平成7年には、バッテリーの防護やISOに準拠した注意マーク、平成8年にはさらに、可動部の防護でISOの規格を追加、夜間作業についての作業灯、運転操作装置の配置や滑り止めなどでの強化、昇降装置の外部操作部を一定以上外側に付けるようにということなどです。 平成9年には、またかなり見直しがあり、始動安全装置は走行部だけだったのが作用部全体に拡大し、PTOも動かない状態でなければエンジンが始動しないようにする、デフロックとか旋回時前輪増速装置が作動しているときは、作動していることを警告するランプなどをつけるようになりました。安全キャブ・フレームは全てに着けるようにし、燃料や機体の安定度に関する規定が入ってきました。 平成10年には左右のブレーキの連結を解除している場合にそれを警告するランプが基準に加わりました。 17年にはシートベルト装着を勧告する表示、18年は前方視界が悪くないことを入れています。 全国の死亡事故数でみると、普及台数の増加とともに事故が増えましたが、ある時期からは横ばいになり、これはいろいろな安全対策が功を奏してきたのだと思います。ところが、平成に入る頃からまた増加に転じ、最近は上昇が止まっているようにみえます。平成に入る頃からの増加というのは、高齢化の影響とみられます。
転落・転倒への対策 死亡事故で一番多いのは「機械の転落・転倒」です。次いで「挟まれ」事故、「自動車との衝突」、「人の転落」です。 それぞれの事故原因に対して機械側で考えられる対策は、転落・転倒に対しては「キャブ・フレームの装着」と「シートベルトの使用」があります。 キャブ・フレームを英語でROPS(ロプス)といっていますが、これがある・なしでの転落・転倒事故の調査をみると、たとえば状況として「圃場で急旋回」「路上で急旋回」があり、これは同じ平面上で倒れています。斜面に乗り上げて折り返すとか、畦畔に乗り上げるとかもあります。ROPSありの場合はだいたい、同じ平面上で転倒した時は亡くなる方は出ていません。段差があって落ちたという場合に亡くなっています。つまり、同じ平面だと横倒しで止まってしまい、下敷きになって亡くなる可能性が非常に低いということです。 ROPSがない場合ですと、同じ平面で転倒した時も死亡事故になっています。ということは、同じ平面でも勢いがあると横倒し以上、180度転倒になって下敷きになってしまうのではないかとうかがえます。また、後退時にはROPSが着いているときは7件事故があって誰も亡くなっていませんが、なしだと6件事故があって4人亡くなっています。後方転倒というのは非常に危険で、キャブ・フレームがないと致死率が非常に高くなります。 このように、キャブ・フレームが着いていると死亡事故まで至らないケースが多いのですが、安全キャブ・フレームが着いているのに亡くなった事例があります。トラクターが横倒しになって下敷きになってしまったという例があります。運転者が座席についていなかった、つまりシートベルトが締まっていなかったということです。キャブ・フレームが着いていて亡くなったという事例の中には、シートベルトを締めていれば助かったのではないかというケースがあるということです。 ところが調査ではシートベルトの装着率は非常に低くなっています。
装着できる安全キャブ・フレームを検索 機械の面からみて、乗用トラクターの事故対策は、安全キャブ・フレームの普及を推進するということ、中古トラクターも装着したものを購入する、あるいは装着する。もう1つ重要なのはシートベルトが非常に重要だということを啓発するということが大切だと考えています。 そこで、生研センターで運営している農作業安全情報センターというホームページがありますが、その中に安全キャブ・フレームをトラクターに着けようというコーナーを設けました。その中で、中古トラクターに着けられる安全キャブ・フレームがあるのかどうかを調べられるようなデータベースを公開しています。メーカー名、型式名あるいは安全鑑定番号、検査合格番号で検索すると着けられる安全キャブ・フレームがわかるようになっています。実際は、トラクターの状態もあり販売店と相談していただくことになります。
歩行型トラクターについて
 次に、歩行用トラクターについてです。歩行用トラクターは機械作業による事故で第2位であり、20%程度を占めます。私どもの調査では、農家の使っている購入後の経過年数の平均が12.5年で、最長では45年というのもありました。相当歩行型トラクターも長く使っています。基準を変えても、なかなか新しい安全装備を着けた機械が普及しないということです。 歩行型トラクターも検査で安全装備が始まりました。まず、動く部分を防護する。ロータリーのカバーなどです。昭和51年に安全鑑定が始まったときは、ブレーキ、表示関係をきちんとやるということなどが付け加わっています。 富山県の農村医学研究会のデータでみてみると、普及台数に対してかなりの事故があったものが、昭和50年代後半から減り始め、普及台数と同じようなカーブだったものがそれより下がりますので、明らかに事故の確率が減ってきています。 平成3年の改正では、セル付き限定ですが始動安全装置が導入され、エンジンもワンタッチで止められるようになり、平成7年、8年ではロータリーのカバーなど。9年にまた、重要な改正が行われ、始動安全装置はセル付きに限定ですが走行部と作用部全体に拡大され、重要なのは原動機の緊急停止装置を、バックの走行段をもっているものには着けなくてはいけないということになりました。デッドマンクラッチは離すと止まるので代用ができます。それから狭圧防止装置、レバーに体が触れるとクラッチが切れて止まるというものですが、そういう安全装置を着けなさいということになりました。 併せて速度規制が施され、バックで時速3.6q以下にしなさいという基準があります。 平成10年には、始動安全装置が自動減圧式のリコイルスターターも対象になっています。 全国の死亡事故数をみると、昭和45年の頃はかなり事故比率が高かったのですが、その後普及台数が減っていますが、それ以上に事故数が減っています。事故率が下がっているということです。ところが平成に入ってからは、普及台数が減っているのにもかかわらず事故が増え始めています。どうも良い状態にはないといえます。
事故が起こりやすい歩行型トラクター 歩行型トラクターは非常に事故が発生しやすい機械です。無傷のケースを含む事故発生数に対して、死亡率は1%です。これを全国に当てはめますと、乱暴過ぎるかもしれませんが、全国の死亡者数が40〜50名ぐらいだということは、4000件から5000件ぐらい事故が起きているということです。同じように推定した乗用型トラクターの事故は、年間1000件に満たない。歩行型トラクターは今、100万台ぐらい普及台数がありますが、乗用型トラクターは190万台で倍ぐらい普及していますので、それを考えると事故の発生率は10倍ぐらい違うということになります。 歩行型トラクターは車輪が2つで不安定であり、人が乗っていないので機械と人の関係がすぐに変わります。動いている部分がすぐ近くにあるということで、事故が起きやすい機械といえます。運動能力の衰えたお年寄りがこれを使っていることで、非常に事故が多くなっているのではないかと思います。 事故原因と対策としては、一番多い「挟まれ」には、平成9年に原動機停止装置、バックの速度の規制をしました。ところが、時速3.6qでもまだ速いのではないかということで、平成22年からは時速1.8q、ただしバックで作業するものは時速2.7qとします。 「巻き込まれ」事故では、車軸耕うん機は範囲外だったのですが、これはバックの速度段をつけることを禁止しようと考えています。 こうした基準で、歩行型トラクターのバック時の事故がなくなるようにと思っています。
自脱コンバインについて
 自脱コンバインは、事故数で第4位、全体の4〜5%を占めています。 コンバインについても、可動部の防護やディバイダーの防護などが昭和49年の型式検査で義務づけられ、51年の安全鑑定導入の時には、始動安全装置などが行われました。 これも、富山県のデータをみてみると、普及台数が増えるに従って事故も増えていますが、安全鑑定や検査が行われるようになると激減しています。 コンバインはいろいろな危険部分がたくさんあります。複雑ですので動力伝達装置があちこちにあります。それのカバーが足りなかったり、安全装置がなかったりすると、ケガをする事故が起きる可能性が非常に高い。ということで、普及初期は非常にケガをする事故が多かった。それが安全鑑定が行われるようになってかなり事故が減りました。 平成3年には、カッターが詰まったときにエンジンが止まるような装置などが義務づけられ、8年にはバック時に警報を鳴らす、あるいは障害物の検知装置をつける、9年には始動安全装置が作用部全体に拡大し、11年には手こぎ部にエンジンを緊急停止させるボタンをつけるなどの基準が強化されています。 全国の死亡事故でみると、安全鑑定が行われた以降は、普及台数が増えてもそれほど死亡事故が増えないできましたが、平成に入って横ばい状態となっています。 事故の原因は、機械の転落・転倒と巻き込まれが多く、転落・転倒については対策としてミラーやモニターカメラ、安全フレームなどになるのですが、コンバインはあまり転がることがなく、キャブ・フレームがなくても横倒し程度で止まっているという状況がうかがえます。亡くなる場合は投げ出されたりして下敷きになる場合で、キャブはそれを防ぐのでは、と考えています。
より安全な農業機械を目指して
まとめとして、より安全な農業機械を目指して、現地の詳細な事故調査を通じて安全対策の盲点がまだあるのではないかを調べる必要があります。それから、安全対策に関するコストの負担も大きいのですが、現在時点でより安全にする手段があってもコストがかかるとユーザーに受け入れていただけない可能性もあります。そういうことを考えると、安全鑑定の基準は、これは基本の部分であって、それ以上のより高度な安全装備についてはユーザーの選択に委ねるということも考えられるのではないかと思います。 本質的なところで、事故につながる要因を排除する機械を開発・普及させるべきだと思います。たとえば、収穫機で事故の原因となる詰まり・絡みつきがなければ、事故になりようがないので、そういう機械、事故の起きにくい機械を作ることです。それから、たとえ詰まりが起きても除去が簡単にできる、ワンタッチで開けて取り除くことができればエンジンをかけてやったりしないわけです。コンバインは最近、かなりそういう方法になって事故が減っているのではないかと思います。 それから、誤操作を排除する機械、ユニバーサルデザイン的な表示。それから人間優先で設計された機械です。 最後に、ただ機械だけではどうしても対処できない危険性というのがあります。農業機械は動く機械が多く、機械が動くと事故が起きる可能性があります。農作業というのは運転操作体系が異なる複数の機械を使ってやらなくてはいけない場合があります。機械によって操作体系が違うことがあります。厳しい条件下で使わなくてはならない時もあります。 こういうふうに機械だけではどうしようもないところもあります。事故を避ける最後の砦は、やはり「人」ではないかと思います。農業機械というのは無資格で使えることが非常に問題で、機械が潜在的に持っている危険性をしっかり理解していないと、やはり本当に安全な作業はできないと思います。そういうことから、教育や啓発活動が非常に重要な安全防止策になると考えています。
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