18年度農作業事故防止中央推進会議(5)
「高齢者の農作業事故の実態と対策」
(本会調査部長・石川 文武)

石川 文武 農作業事故の実態

 日本の農業は若手の参入もありますが、高齢者が大部分です。その人達に簡単にリタイアせよとは言えません。日本の農業を担っている中心の方々は、昭和40年代に日本の農業機械化は急展開したのですが、その時に中心であった年齢層がそのまま、30年40年経っても農業生産の主力であるという形で、農業生産者の高齢化となっています。
 農作業事故は、年平均400人ぐらいの方が犠牲になっています。中でも高齢者が占める割合が大きい。平成16年のデータですが、農業就業人口366万人、年齢構成は、男女合わせて65歳以上が57%。男女別に見ると、女性が200万人、男性が166万人。男性の65歳以上が61%、女性は54%で、日本の農業生産は高齢者によって支えられているわけです。
 残念ながら農作業事故は0にはなりません。0になってほしいが、世界中を見ても完全に0というのはありません。事故の分類を絞ると、死亡事故・重大事故・負傷事故・ヒヤリハット事故というものまで、いろいろランクがありますが、死亡事故・重大事故は、情報が得られず、調査ができません。
 死亡事故は、農水省が厚生労働省の協力を得てやってます。保健所へ行って一枚ずつ亡くなった方の票をめくって、農の字があればカウントするということになるのですが、記入者が、農業機械とか農作業という文字を抜いて記入すると、数え切れないわけです。非常に難しい。
 去年、ドクターヘリの話を愛知県からしてもらいましたが、そのときでもドクターヘリグループが把握している事故の数と、県が把握している事故の数が合わないということを言っていました。
 ということから、確実ではないのですが、400では済まず、500に近い数が出ているのではないかといわれています。
 また、農水省の調査は公表までに時間がかかっていて、一番最近のものが16年です。警察などは、1月2日で、昨年の交通事故の数字が出ます。3年前の数字を見ていたのでは、努力したのか、去年どうなったかわからない。早く出してほしいとあまり無理もいえません。また、平成14年はできなかった府県がありました。
 昭和51年ぐらいは、死亡で見れば、40歳未満、40歳代、50歳、60歳、70歳代と各年齢層大体十数%でした。各年齢層に平均的に事故死亡者が分布しているわけですが、60年頃になると若い方がどんどん減っていって、高齢の方々の事故に遭う割合が増え、平成16年の数字では、60歳以上の方々で8割を占めてしまうという、従事者数の割合以上に犠牲者が多くなってしまっています。
 北海道の例を紹介しますと、農業従事者は13万人ぐらい、60歳以上はの方の死亡事故の割合は44%で内地よりは少ない。過去十年の死亡事故は280件ぐらいありまあすが、60歳以上が58%、平成17年は60歳以上が66%、うち70歳以上が50%ですから、日本全体よりは高齢者が事故に遭う割合は少し少ないといえます。
 過去十年の負傷事故は2万5000件ぐらいあり、60歳以上が31%。平成17年は60歳以上が31%、うち70歳以上が30%ということは、60歳代は1%ということですが、高齢化による事故が増えてきているということです。

 高齢者が農作業事故にあう傾向

 高齢者が農作業事故にあう傾向というのは、加齢に伴い心身諸機能が低下すします。20歳くらいのときに比べれば50%とか30%しか発揮できないような心身諸機能もあるわけですから、そういう方々が、若い頃と同じように張り切ろうとは思わずに、複雑でない仕事を分担してもらう。ただ、昔の経験、知恵というものはしっかり持っていますので、機械などのうまい使い方をするわけですが、最近の農業機械を使おうとすると、農業機械のハイテク化に追いつかず、事故にあう、ということがあります。
 その機械に慣れていないうちの事故、使いこなせないという形で事故が起きます。特に65歳以上の年齢階層では、歩行型トラクター、動力運搬車の操作中に事故にあう割合が高い。70歳以上になると、機械とか、施設に関係しない作業中の事故も多くなっています。台風の時に、雨がまだ激しく降っている時にわざわざ水路を見に行って、境がわからず、自分が流れてしまうというような事故がお年寄りで多い。機械に関係しない事故が多い原因になっています。
 また、高齢者に特有の事故としては、脚立、梯子、高いところからの転落、畜舎内での転倒、わらや下草を焼却中のやけど、家庭内での階段踏み外し、機械とか工具の目的外使用などで事故が多い。それから、耳・目・関節・脚力・平衡機能などが右下がりになっているということを理解しないで、事故が起きています。トグルスイッチや回転性スイッチをどれだけ回したら、どれだけ反応するかわからない、よく使いこなせないで、迷ってしまうということで事故になる、そういう形の高齢者特有の事故というものが出てくるわけです。

 高齢者の事故を減らす工夫

 そこで、お年寄りを集めて安全研修などを行うときは、「若い頃と違うんですよ!若い頃100だと思ったら、50とか60。70歳になると40とか、30しか発揮できないということを自覚してください」ということを強く言わなければいけないと思います。
 優れた経験で変化に対応できても、体がいうことをきかないということを十分に理解して、脚立の上で足を伸ばそうと思えば、すぐにぐらぐらするんだなとか、しっかりつかまらなくては、という判断をして作業計画の中に組み込んでいっていただきたいということを申し上げているわけです。
 機械化に伴って、作業速度が速くなり高齢者がついていけなくなっているとということもあります。例えば田植機は乗用型になって、泥田を歩くことはなくなりましたが、自分の意識している速さで植えているうちは良いのですが、それ以上の速度になると自分の気持ちが追いつかない。まだ向こう端まであるだろうと思っているとあっという間に着いてしまい、そこで冷静に行動できず、パニックに陥ると後ろを上げないうちにハンドルを回し始めるとか、ハンドルを回すタイミングを間違えて、畦に乗り上げてしまうとかということも出てきます。心身が充実しているときは機械に合わせて操作ができますが、高齢化によって、あちこちに気を配る余裕が少なくなりますので、そこを踏まえて作業計画を考えなければいけない。
 それから高齢者の事故の多い原因が、作業服と作業姿勢にあることがあります。農業者にとって、作業に適した作業服があります。例えば刈払機を使う際の服装などでも、基本の一部でも省略すると、思わぬものが飛んできて怪我をしたりします。作業に適した作業服を着ていなかった、ヘルメット、保護めがねを使っていなかったということが、起こるわけないと思ってやっているときに事故になります。「備えあれば憂いなし」ということでやっていただきたい。
 圃場で収穫したものを納屋などで選別する際にも、地べたに座るのではなく、作業台を使って、照明とかも適切にして、動線を少なくするレイアウトを普及員さんと研究しながら、場所場所に応じたレイアウトをして事故の原因になるものを少しでも削っていくということ、そういう意識を持って取り組むということが、事故を少しでも減らす、ヒヤリハットを減らすことにつながっていきます。
 高齢者になると疲労の回復も遅れます。それに疲労の発現も遅い。刈り払い作業は30分に1回、2時間まで、そうでない作業は2時間に1回ぐらい休んでください。メンタルワークの大きい作業はもっとこまめに休まなければいけないかもしれませんし、システム系を変更する必要があるときもあるでしょう。
 また、健康診断必ずやってください。おかしくなってから行くと、発見が遅れることがよくあります。何も感じていないときに見てもらっていると、何かおかしくなったときにその数字を持ってお医者さんに行くと的確な判断がもらえます。疲労回復のベースになる、ということをやってほしいと思います。

 農作業事故減少への取り組みについて

 農作業事故減少への取り組みには、ハード、ソフト、システム面からの検討が必要です。機械としてはこういうふうにしていったらよいのではないか、それから使う側にとって、ソフト面からは、ご提案という形で、いろんなヒントが出てきています。それをハードとソフト両方を使うシステム、これから、集落営農も出てきますので、そういうときにはシステム面から事故を減らすという工夫をやっていかなければならない。
 何にしても安全確保が大切で、人の命にかかわっていることですから、いかに税源委譲だからといって、各県にそれぞれやりなさいでは困るわけです。人の命にかかわることは、中央がイニシアチブをとって、お金は出せなくても、こういう施策で各県取り組んでくださいという指導力は発揮してほしいということです。
 それから、今、農作業事故は400件ぐらいですが、死亡が400から300になったら、負傷も同じように減るかどうかはわかりません。死亡となると命がなくなり、働き手がいなくなるのでものすごい損失です。亡くならないで、また現場に復帰できるような負傷であれば、損失額はそんなに莫大にはなりません。それだから怪我をしてもよいという話ではなく、怪我そのものも起こさないようないろいろな取り組みをやらなければいけないわけです。
 死亡を減らす、すなわち、負傷を減らす、すなわちヒヤリハットも減らすと、ずっと比例算では行かないかもしれませんが、何とかして、事故の芽というものを摘まなければいけないということです。協会では「事故の芽を摘む工夫」という冊子を作成していますが、こういうものを各県の方々、あるいは機械士会で勉強会をやるときに資料としてお使いいただいて、事故防止のためのヒントにしていただきたいと思っています。

 トラクター転倒防止にROPSを

 ここからは、キャブ・フレームについて、大事な話なのでわたしからもさせてもらいます。
 キャブ・フレームは、連続転がりをしなければ、そんなに大怪我にはならない、そういう構造になっています。また、安全フレームの場合、シートベルトをして、運転席から逃げ出すことは絶対やめる、ハンドルにしがみついてフレームとトラクターが作ってくれる安全域の中にじっと我慢をしていましょうということです。シートベルトは、道路走行の場合は普通の自動車と同じですから、道路走行では使ってください。
 作業者の環境改善、特に若い担い手を引き込むためにはキャブが良いということで、この春の農作業安全運動のポスターも、安全キャブをキーワードにして、つければ安全快適農作業ということにさせていただきました。
 トラクターによる死亡数を分母にとって、そのうちの転倒・転落事故死の割合は何%ぐらいかをみましたら、高いときには、82.3%までいったときがあります。少ないときは50%台でしたが、最近、右下がりの傾向が見えてきました。転倒・転落事故がトラクター総事故の中で占める割合が少しずつ減ってきたのではないか、17年のデータを見ないと、これが右下がりか、水平で行くのか解りませんが、今のところ平成13年から後に注目すると、明らかに違いがあると思います。日本のロプスの装着率が30%を超え、これが意味を持ってをきて、ロプスの効果が出てきたのてはないかとみています。



ひとつもどる