18年度農作業事故防止中央推進会議(4)
「高齢者の身体特性と製品生活環境のユニバーサル化」
(独立行政法人産業技術総合研究所人間福祉医工学研究部門
身体適応支援工学グループ長・横井 孝志氏)

横井 孝志氏
 本日は高齢者の身体特性と製品生活環境のユニバーサル化ということでお話させていただきます。

 縄文時代から現代までの日本人の平均寿命を調べてみると、平均寿命がどんどんどんどん延びてきて、80歳、90歳近くまで寿命が延びだしたというのは、明治以降です。これは、人口の増加とかなり相関があります。人口が増えると寿命が延びる、考えようによっては当たり前ですが、特に高齢化の問題というのはここ20年、30年で、急に起こってきた問題です。
 我々の方では、高齢者の生活をよりよくするための技術開発をやっていますが、技術的手段として大きく2つ考えられます。1つは、ある年齢になると体の機能がどんどん落ちていくのはしようがないということで、生活の中で不便がある、バリアーがある、そのバリアーを下げてやれば、生活できるでしょうということで、そのバリアーを下げるという方向が一つであります。これが製品とか生活環境を変える、あるいは、ユニバーサル化、バリアーフリー化という言葉で現せるような法則です。
 もう1つの考え方は、能力が落ちていくのなら、能力が落ちないようにしよう、高めてやろうという考え方です。能力を高めることで世の中のバリアーをクリアできるようにしようという考え方です。
 今日は、その前者を中心にお話しさせていただきたいと思います。高齢者にも適した生活製品の環境をどうやって実現したらよいかというのは、原則的なことで、必ずしも現場で当てはまるかどうかわからないのですが、いくつかあげてみます。

 ユニバーサルデザインとは何か

 まず、お年寄りの体の状態、機能のレベルを知るということが必要です。例えば、どれくらいの力を発揮できるか状態を知る。製品生活環境のバイヤーレベルを知るということで、その製品とか生活を営む上で、どれくらいの筋力が必要か、どれくらいの力を発揮しなければいけないのかということです。次に、そのギャップ、発揮できる力と必要な筋力とのギャップを埋めるということで、ギャップがどれくらいあるか、さらにそのギャップを埋めるためにどう設計すればいいかということを考えます。ユニバーサルデザインの基本的な考え方というのはこのギャップを埋めるというのが基本的なコンセプトです。
 ユニバーサルデザインとはどういうものかというと、「特別な設計や変更を加えることなく、できるだけ多くの人の利用を可能にするデザイン」です。日本人であろうと中国人であろうと左利きであろうと右利きであろうと、障害があってもなくても、若い人でも年寄りでも、そういう差を問わずに使えるような設計とか工業デザインをユニバーサルデザインと呼んでいます。
 コンセプトは、1990年頃にロナルド・メイスさんという、もう亡くなられた方によって提唱されました。バリアーフリーデザインというのは、どちらかというと障害者の生活の中のバリアーを除去するということが基本的な目標でしたが、ユニバーサルデザインは対象の方を障害者に限定せず、誰でもが買いやすい製品、環境を作るのが狙いになっています。
 これだけではよくわからないので、もう少し具体的に設計に役立つということで、ユニバーサルデザインの7つの原則が出されています。この7つは、それぞれが独立しているのではなくオーバーラップしていて、押さえておくべき事柄として7つあげられています。
 コンセプト、原則はあるのですが、実際にユニバーサルデザインを実現しようとしたときの問題というのもいくつかあげられていて、物を作ったり、設計を作ったりする時の具体的な方策は設計者の裁量に任されているわけです。
 例えば、手すりをつけるとかとトイレを改善することによって、全介助の方もトイレにいけるとか、かなり重度の方も手すり等の設置によって自立して1人でトイレに行けるようになります。ということで、デザインを工夫するだけで、介助の負担も減るし、1人1人の行動範囲が増えるということが起こります。
 このようにユニバーサルデザインが良いといわれていますが、ベースとなる体の機能に関する情報がほとんどないということで、基本的な機能をどうするか、どうやって情報を集めるかが問題になります。

 体の機能の加齢変化

 幾つか文献を調べて見ますと体の機能の加齢変化がいくつかありますので紹介させていただきます。
 これは体の機能の加齢変化の鳥瞰図ということで、20歳前後の方のデータを基準に、50歳、60歳前後の方がどれだけ機能が落ちるかというのを示したものです。大まかにいいまして、中の線が中心に近いほど能力が落ちているということを示しており、平行機能とか、皮膚の感覚、聴力、そのあたりの能力はかなり落ちます。

 特に運動機能に関して詳しく見ていくと、足の脚筋力といって膝を伸ばす力の大きさは、20歳前後で大きな力が出るのですが、60歳ぐらいまでにどんどん落ちていって、60歳ぐらいになると20歳の半分になるということがわかります。当然男の方より女性の方が筋肉は少ない。握力は、足の筋肉に比べて落ち方が少ないですが、20歳ぐらいにピークになって、60歳ぐらいで7割程度になり、7割ぐらいの力しか出ないということがわかります。
 また、できるだけ早く動きながら大きな力を出すということで、垂直跳びの能力を調べてると、これも20歳ぐらいでピークになって、60歳、70歳ぐらいで50%程度にまで落ちてしまいます。できるだけ長く動くということに関係した能力である最高心拍数は、生まれてすぐが心拍数が一番多く、だんだんだんだん直線的に減っていき、70歳ぐらいですと160前後となります。大まかに220から年齢を引いた数が、その年齢の最高心拍数であると言われています。実際に歩行とかジョギングをして循環器のトレーニングをしようとすると、自分の最高心拍数の7割から6割ぐらいで走ったり歩いたりすると、循環器のトレーニングになるということがわかっています。
 動きをできるだけ滑らかに行うための機能、柔軟性をみる立位体前屈は、これも20歳ごろがピークになるのですが、20から40歳ごろにかけて急に柔軟性が落ちてきて、40歳を過ぎるとダラダラと落ちていくということで、ある程度早い時期に柔軟性というのは落ちてしまいます。女性の方が男性に比べて体が柔らかい、ということもわかっています。
 体の平行機能バランスを保持する能力に関係した閉眼片足立ち、目をつぶって片足で立って、何分ぐらい我慢できるかも、25歳前後でピークになり、その後どんどん落ちていって、60歳ぐらいで3割ぐらいに落ちてしまいます。閉眼片足立ちは、筋力だけでなく神経系の機能、感覚系の機能すべて関係してきますので、低下の程度が非常に大きいということがわかります。
 また、平行機能の一つ、バランスノールという重心動揺計の上でじっとしてもらって体がどのくらい揺れるかというのを示したものみると、20から50歳ぐらいはそう大きく変わらないのですが、50歳を過ぎるとどんどん、揺れが大きくなります。さらに、目を開けたときと比べ、目を閉じたときのほうが、揺れ具合が大きいということがわかります。

 使わないでいると筋肉はどうなるか

 我々のところでやった実験で、筋肉を使わないとどう筋の機能が変化するかというものがあります。健常の方に、ギブスを足に巻いてもらい、1週間ぐらい筋肉を使わないようにお願いして、固定の前と後で機能を調べました。全部で10人にお願いし、その半分の方には最大筋力の20%くらいで少しずつ筋を収縮させるというトレーニングしました。残りの半分の方は何も筋肉を使わないでいました。
 するとどうなったかというと、まず、筋肉を使わなければ筋がどんどんどんどん萎んでしまって、小さくなる、萎縮してしまうということが言われていますが、1週間ぐらいではほとんど筋の萎縮は起こりません。特に筋を収縮させるトレーニングをした方はほとんど変わりません。しないでいた方は、筋力が8割ぐらいに落ちます。こういう実験をやってわかったことは、1週間ぐらいの筋の不活動、例えばベッドで寝たきりとか、骨折で、足を固定しているとかの状態のとき、最大筋力の20%くらいの力を出しておけば、力の大きさも維持できるし、力の調節能力も維持できるということがわかるわけです。骨折のときに力を出すというのはかなり痛いかもしれないんですけれど、何らかの形で筋を収縮させておくとそれなりの維持ができることがわかる訳です。
 次に、健康の話です。年齢とともに動脈が硬くなるというのは皆さんご存知だと思います。血圧が高くなるとか、血管の硬さが硬くなる。それが動脈硬化とか、血栓の原因になります。血管の硬さをPWVという方法でみると、加齢に伴って増えていきます。動脈の柔らかさも加齢に伴って減っていくということで、血管が硬くなっていきます。男性も女性もほぼ同じ、傾向で年齢に伴って特に中心動脈、体幹とか首のところが硬くなっていきます。
 ところが運動をすると血管の硬さはどんどん柔らかくなります。具体的にどういうことをやるかというと、運動の強度で早歩きぐらいの早さで、30分から1時間ぐらい歩きます。そうすると、1週間、2ヶ月ぐらいで、血管の硬さは確実に柔らかくなります。ところが、ダラダラ歩くとかほとんど歩かない人はこういう効果はほとんどなくて、ある程度の強さがないと血管は柔らかくならないということがわかりました。運動をやめたたらどうなるかというと、1ヶ月2ヶ月である程度戻ってしまうことで、運動を定期的に継続しないと血管は硬くなります。

 聴力、視力も衰える

 感覚系では、聴覚はお年寄りになると、低音の場合は比較的よく聞こえるんですが、だんだん高音になってくると聞こえにくくなるということがわかっています。
 短い間ですが、数字をどれだけよく覚えていられるかという能力、短期記憶容量は、若い人はあまり落ちないのですが、お年寄りの場合は格段に落ちてしまうということで記憶能力とか、認知能力も加齢に伴って落ちていきます。
 こういう基本的な体の機能が年齢とともに変化するということをいくつか紹介しましたが、実際ものを作るという話になると、体の機能と物の寸法とか、光の強さ、音の大きさの関係はどうなっているかということをしっかりと押さえておかないと、物作りにつながらないということで、今からそれについていくつか説明します。
 まず動作に関係したもので、階段の寸法と歩きにくさということを調べた結果では、若い人でも、お年寄りの方でも、だいたい30pから35pのときに一番歩きやすいということがわかりました。それよりも狭い場合、広い場合には歩きにくさが増えてきます。階段の設計をするのであれば、30〜35pぐらいの範囲が適当ということがわかるわけです。
 一段だけ上がったり降りたりする、例えばバスのステップとかで、一段だけの踏み台を作り高さをいろいろ変えて、そのときの力の大きさを調べてみました。すると、だいたい身長の15%、身長が150pの方ですと、24、25pくらいの高さを超えると負荷が急に大きくなります。逆に言えば、身長の15%とか20%ぐらいの段を作らなければならないときは、手すりとかをつけることが必要になるだろうと考えられるわけです。
 また、比較的狭い部屋で目の前の壁がどれぐらい離れていればよいか、あるいは壁の距離と圧迫感がどういう関係になっているかをみると、身長が140p前後の人ですと、圧迫感をわずかに感じるかあまり感じないのは80pぐらいで、壁の距離を80pぐらいに離しておかないといけない。185pぐらいの身長の方ですと、同じようなレベルにするためには1mぐらいはなしておかないといけません。
 聴覚の加齢変化と、家電製品の報知音ということで調べた研究によると、周波数が4000Hzとけっこう高い音で報知音が出ているような家電製品では、若い人には聞こえるけれども75歳から85歳程度の人だと聞こえません。こういう家電製品がけっこうあります。
 視力に関係した話として、どれだけ小さい文字が読めるかを計算する方法があります。まず、視力を調べて、サイズ係数―文字までの距離を視力で割ります。このサイズ係数に換算して、最小可読文字のサイズを決めるということを我々のところでやっています。例えば、68歳のお年寄りですと、視力が、視距離50pで、明るさが10カンデラあたりで近くの漢字のゴシック体を読んだというときに、視力が0.27の場合だと、サイズ係数が1.85ぐらいということで、最小可読サイズは17.6ポイントぐらいというのがわかるわけです。これは駅などの公共機関の表示とかに使えます。
 また、お年寄りになると色に対する感度が変わってくるということで、特に青とか紫の値の感度がどんどんどんどん落ちてきます。青と同系の色を使って矢印などを表示してしまうと、若い人だと区別できますが、お年寄りだとなかなかわかりにくいということが起こってきます。

 ユニバーサルデザインのために体の機能をデータ化

 こういう基本的な体の機能の加齢変化に関するいくつかデータはあるのですが、それを設計に使おうとすると、できるだけ標準化したデータがほしいわけです。
 既存のJISの規格では、特徴として、1つは危険回避域とか、いろいろ設定されているわけですが、基本的には安全確保ということで内容を規定しています。ですからユニバーサルデザインの考え方にあるように、よりよいとか、負担が少ないとか、作業しやすいとか、作業環境に必要な情報はそれほど多くありません。
 それから、いろいろ数字は決められているわけですが、根拠となるような人間工学的なデータが少ない。
 高齢者の方が、若い人と同じように生活を営めるように製品とか生活環境の適正な設計が不可欠で、これがユニバーサルデザインとなるわけですが、今後それをどう実現するかに関する設計ガイドラインとか参照できるデータがないということから、いろいろ対策を講じているわけです。その1つとして、高齢者及び障害のある人々のニーズに対応した規格作成配慮シーンができています。ユニバーサルデザインの7つの原則よりはかなり具体的な配慮事項が書かれていますが、それでも設計の現場からみるとなかなか設計にはつながらないという問題が提起されています。
 これを受け止め、私どものところとか、ISOに人間工学の中の高齢者関連のワーキンググループを設置して、この指針をベースにした設計ガイドラインを今作っているところです。具体的にはわかりやすい道路の標識を設計するための情報とか、読みやすい表示とか使いやすい家電製品、段の少ない公共空間というのを設計するためのガイドラインとして、知覚系の感度と聴覚、音声、音の聞き取りやすさに関係した、データとか設計指針の研究をしているところです。
 いま、ガイドラインを策定しましょうということで、策定中で、ほぼ承認されたという段階です。このあと5年ぐらいかけてデータの中身を充実させていこうということで、データの計測を含めて実施しているところです。このガイドラインに関係して、JISもできています。
 あと5年10年すれば、もう少し充実してくると思いますので、皆さんのお役に立てる情報ができるかと思いますが、今のところ十分とはいえない状況です。



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