全国のROPS装着率は約50%
この調査の背景としては、農作業の死亡事故の現状があります。年間400件程度の農作業死亡事故があり、そのうちの7割が農業機械による事故です。さらにそれがこの10年程度、横ばいの状態であるということがあります。また、農業機械による事故の中で、一番多いのが乗用型トラクターの事故で、年間130件程度の死亡事故が発生しています。 その乗用型トラクターの事故の内訳をみると、7割ぐらいが機械の転落・転倒によるものとなっています。その乗用型トラクターの転落・転倒事故に対する効果の大きな対策としては、安全キャブ・フレーム、ROPS(ロップス)と呼びますが、その装着の推進があります。これについては早くから北海道の方で先進的な取り組みをされており、装着率が向上し、現在では70%を超えると考えられます。そういう状況になるに従って、トラクターの普及台数当たりの死亡事故の件数が確実に減少しています。
しかしながら、日本全体を考えてみると、ROPSの装着率はおおむね50%弱と推定され、その普及についてはこれからというのが現状です。 このように、乗用型トラクターの転落・転倒による死亡事故の防止にはROPSと、それに付随するものとしてのシートベルトに大きな抑止効果が期待できます。従って、私ども生研センターとしては、乗用型トラクターの型式検査、あるいは安全鑑定という中で、乗用型トラクターにはROPSを装着してくださいという形で、装着を推進してきました。 その経緯ですが、ROPSの型式検査は昭和50年に始まり、装着するトラクターは昭和54年に、トラクターはROPSを装着できる構造のものでなくては安全鑑定に適合しないということになり、最初は1.5Lを超えるようなトラクターだけの規程だったのですが、56年からは15馬力以上に適用になりました。平成に入ってからは、乗用型トラクターにはROPSを装着していないと安全鑑定適合としないということになりました。すべての乗用型トラクターにROPSを装着しなくてはいけないという形になったのは平成9年です。シートベルトについては、すべてのトラクターに装着するROPSにシートベルトをつけなくてはいけないということになったのは、平成13年です。 こうした取り組みをしてきましたが、死亡事故の数は減少傾向がみられないという現状があります。 そこで、我々の任務である機械の開発や検査・鑑定を通じた安全対策というところで何ができるかを考えなくてはいけない。そうした際には、現在の機械にどういう問題があるのかをつかまなくてはいけない。もうひとつは、いままでとってきた安全対策、ROPSやいろいろな安全装置などが果たして効果があったのかを把握し、次の対策を考えていかなくてはなりません。 そのために、現在の農業者の方の実態、その分析を、もっと詳しく、範囲を広く行うことでデータを把握しようと考えました。そのために行ったのが今回の調査です。
安全装備の有効性などが調査の目的
調査を行うに当たっての問題意識は、まず、ROPSに代表されるような安全装備が、実際に現場で農業者が使っている機械のどれぐらいに普及しているのか。次に、装備した安全装置が、我々が想定したような使われ方をしているのかどうか、効果があったのかどうか。3点目に、現在農業現場でどういう機械、年式や装備で、どういう人が使ったときにどんな事故を起こしたかについて、具体的なデータがほしいということでした。 つまり、調査の目的は、(1)機械の安全装備の実態を把握する、(2)農業機械による事故の実態をできるだけ広い範囲で把握する、(3)事故において、安全装備が有効であったかどうかをできるだけ定量的につかんでいく、ということです。
今回実施した農業者アンケートは、対象の地域は農業機械士会がある全国の26道府県で、調査に協力いただいた農業者は、乗用型トラクター、または歩行型トラクターを日常的に使用している人です。回答者の選び方は、各道府県の機械士会にお願いし、調査票の配布、回収に協力いただきました。 調査の内容は、乗用型トラクターについては、トラクターの仕様として、型式名、使用年数、装備している安全装備の代表として、ROPSとシートベルトの有無。農業者の方が安全装備についてどのように思っているかで、安全キャブ・フレームの事故抑止効果についての評価、シートベルトを使っているかどうかを調査しています。最後に、事故事例では、回答者本人および家族や知り合いなども含め回答してもらいました。本人だけだと事故事例が集まらないのと、死亡事故については報告が上がらないということがあるので、できるだけ調査の範囲を広げたいということで、回答者本人以外の方にも広げています。 事故の種類としては、トラクターは転落・転倒事故が多いので、転落・転倒事故とそれ以外の事故と分けて調査しました。さらに転落・転倒事故については事故の程度だけではなく、RPOSの有無も調査しています。 全国2618戸の方に調査票を配布し、1442戸の方から回答をいただきました。内訳ですが、乗用型トラクターに関しては1428戸、歩行型トラクターについては787戸でした。平均は50歳程度、専業の方が7割です。
乗用型トラクターの調査では69%がROPS着ける
乗用型トラクターについて、回答者の所有しているトラクターは2303台あり、このうちの45%が安全フレームを装備し、24%が安全キャブを装備し、合計69%がROPSを装備していました。これは全国推定値の50%弱という値よりは大分高くなっています。調査に協力いただいた方が中核的な農業者の方だからと思われます。 トラクターの使用年数とROPS装着の割合は、使用年数が20年を超えると、装着率が30%程度で、新しくなるにつれて装着率も上昇し、5年以下のものだと90%以上ROPSが着いています。ただ、最近のものであっても、装着していないものがなおあるという言い方もできます。 このうち、20年以前のものについては、装着できる構造になっているとは思いますが、装着はコストやその他を考えると難しい問題があると思います。
トラクターの所有形態と装着の状況をみると、トラクターを1台所有する方は、ROPSの装着が68%。2台以上持っている方は528戸で、すべてがROPS装着である方が219、装着していない機械も持っている方が267で、全台数1444台のうち、ROPS装着は996台となっています。 今まではROPSを知らない、全く着けていないという方について、どう着けていただくかが重要だったのですが、今後は、ROPSが着いたトラクターも持っているけれども、そうでないのも持っているという方に対して、すべての機械にROPSを装着していただくことが重要になってきていると考えられます。 ROPSの評価は、「効果がある」が85%でした。この割合を、ROPSを装着しているトラクターを1台以上持っている方と、持っていない方とで比較すると、持っていない方の評価が若干低くなっています。
活用されていないシートベルト
シートベルトは、転落・転倒事故が起きた時に、ROPSによって守られるエリアの中に運転者を保っておくという役割があります。ですから、ROPSの一部とも考えられます。 シートベルトの装備状況は、ROPSとシートベルトを装着しているのは約半数でした。ROPSはあるがシートベルトはないという機械がかなりあるという結果でした。 使用状況は、シートベルトが着いているという方を対象として調べたところ、「まったくしない」との回答が55%を占めています。一方、「少なくとも路上ではする」「いつもする」は合わせて16%でした。シートベルトは装備も進んでおらず、使用状況はさらに悪いとの結果でした。 使用しない理由は、「面倒である」が半数近くで、「不要である」との回答も16%ありました。 このことから、シートベルトの必要性を理解してもらうことが必要ということが1つ。もう1つは装着が面倒でなくなるような工夫が必要だと考えられます。
転落・転倒でのROPSの効果は明らか
事故事例についてですが、報告された事故は289件で、転落・転倒が3分の2以上、208件を占めていました。このうち、死亡事故についてみると、57件あり、39件が転落・転倒事故でした。
 転落・転倒事故について、ROPSの有無と事故の程度をみると、208件のうち、180件でROPSの有無が判明しています。ROPSなしでは、4件に1件は死亡事故につながっています。これに対してROPSがある場合は、死亡事故は3%、実数で2件という結果でした。事故全体でみると、無傷の割合が多く、全体に軽傷の傾向となっています。死亡事故では、ROPSの有無で1対8と明らかな差があり、ROPSの効果が、現場の調査の数字の上でも明らかになりました。 転落・転倒事故以外の事故では、無傷の割合が少なく、ケガの割合が多いのが特徴です。事故の状況は、「作業機に挟まれたり巻き込まれた」事故が多く、その場合には死亡事故も発生しています。 今回の調査から、今後の課題として、ROPSを着けられる構造であるのに着けていないものに対して、どう対応していくかということがあります。もうひとつは、シートベルトの装着をどのように進めていくかということがあります。最後に、重傷傾向がある作業機による事故をどうやって防いでいくかということがあります。
挟まれ事故が多い歩行型トラクター
歩行型トラクターでは、挟まれによる事故が過半数であるという特徴があります。挟まれの死亡事故で、どういうところで発生しているかをみると、ハウス、納屋、屋内など、周りに何かがあるところで起こっています。 歩行型トラクターの安全装置については、過去2回大きな基準の改定が行われており、特に平成9年には後退時の挟まれ事故に対する対策、後退時のロータリへの巻き込まれ事故に対する対策、後退時のハンドル持ち上がり事故に対する対策がとられました。 歩行型トラクターについての回答は787戸の方からあり、総台数は1057台でした。 安全鑑定の適合状況をみると、平成8年以前の基準に適合しているものが64%で、平成9年以降の基準に適合しているものは5%に過ぎないという結果でした。車軸耕うん型などで安全鑑定を受けていない機械も4分の1以上ありました。 事故調査の結果は、4割が挟まれで、ケガの程度は、死亡事故が1%、2件でした。これと年齢との関係をみると、重大事故は50歳以上で多く、事故はすべての年齢層で起きているのですが、50歳以上ではそれが結果として重大事故になっているといえます。高齢者が事故を起こさないようにという対策も重要なのですが、すべての年齢層が事故を起こしにくいような対策も必要なのではないかと考えられます。
デッドマンクラッチなどの普及は5%
挟まれには、平成9年の改正で、デッドマンクラッチや緊急停止装置の装備が義務づけられましたが、そうした装備を着けた歩行型トラクターは5%しか普及しておらず、そうした装置が果たして使われているのか、効果があったのかは、まだ評価できるような状況にないといえます。 こうしたことから、高い安全装置を持つ機械をもっと普及させていかなくてはなりません。また、挟まれ事故の発生自体を抑える根本的な対策をしていく必要があると考えています。
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