2)  タイの農業機械化実態

(1)農業機械化行政組織と活動

 タイのこれまでの農業機械化の発展の歴史は、本事業の調査対象国に多くが引き継がれており、特にヴィエトナム・ラオス・カンボディア・ミャンマー等の近隣国へ与えた影響は極めて大きい。これは日本の稲作機械化営農技術がタイへ移転された大きな成果の1つであり、日本−タイ−アセアン諸国と繋がる官・民の技術移転の努力の成果でもある。島嶼国のインドネシア・フィリピンは、同様な発展を示しているが、営農規模・地勢・潅漑普及等の違いからわずかながら発展の傾向が異なっている。

写真2 農業機械研究所
左より宮永専門家・アカポル課長・大久保団長・徳本委員・小川専務
タイ稲作における耕耘・脱穀作業の機械化は、1998/99年面積比で90 %と農業機械化研究所は試算している(表2)。外国企業との合弁・技術提携事業で農業機械の製造は、技術・品質・量とも飛躍的に伸びており、1996-2001年のアジア経済危機以降は、農業機械の製造・輸出・輸入とも好調である。
 タイ政府は民間(農業も含む)の活動に対して介入しないスタンスで経済開発を行ってきている。農業機械化行政は、元農業機械部(現 農業機械(工学)研究所:Agricultural Engineering Research Institute、 以下「農業機械研究所」)・普及局の計画部・農業機械研修センター・地方農業普及所等を通じて行ってきた。(図1、図2)
 農業機械研究所は、稲作・畑作・果樹・園芸・農産加工等の分野での機械化に係る機械開発・普及を行っている。一方、稲作の機械化において、これまでパワーティラーを中心に機械化が進んできたが、今後はより高度の農業機械技術と大型化が必要とされている。タイ政府の農業機械化の考え方は、「より高度の機械を開発・普及を行うにも、農業機械はその国の条件にあった機械が要求される。その国で適応できる農業機械が必ずしもタイに適応できるとは思われない。外国の技術を導入するにもタイの緒条件に合わせる必要がある。そのため外国の技術導入・改良は急がれる。」(S. Krishnasreni:タイ農業工学会会長 “Status & Trend of Farm Mechanization in Thailand, Oct. 29-30 2001)が代表されるように、欧米の機械化技術が日本へ導入され改良が進められた歴史とも一致する。
 ESCAP傘下の農業機械地域ネットワーク(Regional Network of Agricultural Machinery:RNAM:アジア11カ国、日本はオブザーバー)の主要メンバーで、インドネシア・フィリピン・ヴィエトナムとともに東南アジア・南アジアの国々の農業機械化を牽引している。
 農業機械研究所の試作工場の設備は、日本の15年前位のものであるが、ローカルメーカーに対するプロトタイプの図面・試作機の提示等の業務には差し支えない。ローカルメーカーに対して高度の技術指導を行うためには、現状では日系メーカーの設備で試作ができるが、将来は近代設計技術に対応できる工作機械、熱処理機械等の更新が必要であろう。日系メーカーでは日本国内の工場より最新の設備を導入しているところもあり、生産および生産技術の高度化・国際化は拡大基調である。
 農業機械部品の標準化は、パワーティラー・脱穀機・精米機・コンバインで進められており、パワーティラーの減速機やフレームの標準化は終了し実施されている。
 これまで安価な農業機械の導入に主力が置かれたため「農作業安全」に対する取組みが行われていなかった。「貴重な人的資源を守る」大切な機械化行政のひとつであり、新しい開発計画の「人的資源」の開発項目にも合致する。早急な対応が必要である。
写真3 農業機械研修センターでの情報収集 写真4 農業機械研修風景

農業機械訓練センターは農業普及局の地方農業開発普及事務所に所属し、全国に4ヶ所ある。チャイナートは中央平原18県、ピサヌルクは北部17県、ロイエトは東北17県、ペチャブリは南部・西部22県をそれぞれ管轄している。
 業務は農家に対して農業機械修理技術・農業機械の適正な利用方法・農業用水の経済的な利用方法・地域に合った適正農業機械の開発改良・農家や公務員に対して農業機械化の技術指導等である。
 パワーティラーやエンジンの分解組立修理実習、運転技術、農業機械の購入運営指導、コンバイン・サブソイラー利用グループ・合成肥料製造グーループ結成運営指導等多岐に渡っている。
 メーカーと共催で農業機械の実演展示会も毎年実施している。
 農業機械化の研修は、1970年代までに実施されてきた視察研修(Training & Visiting: TV)の形では農家に対する技術移転が難しく、1980年代から農業機械化推進センターが県単位に設立され、今日の4ヶ所の農業機械研修センターへと発展してきた。農業機械化普及の推進は、行政組織として農業協同組合省 農業局 農業機械研究所、非政府組織としてタイ農業機械協会(Thai Society of Agricultural Engineering: TSAE)が中心となり実施している。タイ農業機械協会は、1975年に設立され現在169の会員を要する。会員は大学の講師・研究者、政府関係者・農家・民間である。農業機械購入のガイドライン・ハンドブック等の出版も行っている。

表1 主要作物生産の機械化比率(面積比) 単位:%
農作業 主要作物
トウモロコシ サトウキビ 大 豆
耕 耘 90 95 100 80
播 種 (移植) 5 80 75 70
水遣り (潅漑) 50 30 40 50
除草・防除 75 75 70 80
刈取り 20 5 15 5
脱 穀 90 90 90
乾 燥 10 20 5


農業局
(DOA)
 1) 官房事務所    10) 園芸作物研究所
 2) 人事部      11) ゴム研究所
 3) 経理部      12) 蚕糸研究所
 4) 植物防疫部    13) 農業取締事務所
 5) 計画・技術部   14) 植物防除開発研究事務所
 6) 情報センター   15) バイオテクノロジー開発研究事務所
 7) 農業機械研究所  16) 農業生産性開発研究事務所
 8) 稲作研究所    17) 地域1-8 農業研究開発事務所
 9) 畑作研究所    18) 農産物加工・収穫後処理技術研究開発事務所
図2 農業局 組織図

農業普及局(DOAE)
 1) 官房事務所           9) 技術移転開発室
 2) 人事部                   10)農民開発室
 3)  経理部                  11)農産物品質改良部
 4)  計画部                  12)農産物管理普及部
 5) 特別区農業開発部      13)〜18) 
 6) 農業普及開発研究部        地方農業開発普及事務所地方農業開発普及事務所
 7) 情報センター                                    (地域1−6)
 8) 種子増殖部

図3 農業普及局組織図


(2) 農業機械の生産と輸出入

@      農業機械生産
 外国との技術提携・合弁事業が進み、タイはアジア・アフリカへの小型農業機械の輸出国でもある。近年の農業機械の製造台数はパワーティラーを中心に拡大して1995/1996年がピークとなり、1996-2001年のアジア経済危機で落ち込んだが(表2-2)、2002年以降回復基調にある。
 日系農業機械メーカーのブランド・品質の高さがタイ農業機械の輸出を後押ししており、近隣諸国では価格差も縮まり、中国製品やヴィエトナム製品との圧倒的な差をつけ始めている。
 地場メーカーは約200社あり、50 平米位の作業場で4・5人の従業員が働く零細企業から3,000平米以上の工場で100人以上の従業員を抱える企業まであり、1994年にタイ科学技術研究所と農業機械研究センターが行った調査での大中小のクラス分けは以下のとおりである。

    i)              小規模:       10人未満の従業員、 96社         46 %
   ii)             中規模:       10人〜30未満      72社         34 %
   iii)         大規模:       30人以上          40社         20 %

                                   計     208社

 製造されている農業機械は、外国製品のコピーや農業機械研究所が提供する試作機・製造図面からの製品が多く、地元農家の要求に応じた改良品が多く製造されている。


A    農業機械の輸出入
 国内製造はパワーティラーを中心とした小型農業機械と作業機が多く、4輪トラクター等の大型農業機械は輸入に頼っている。中古トラクターを輸入し、それを整備して販売する製造業社は数社ある。表2−2の多くはノックダウン部品も含まれており、完成車の台数ではない。
 数量的にも金額的にも最大の輸入品目は揚水ポンプで、販売台数の30〜40%が輸入品である。動力噴霧機は約75 %が輸入に頼っている(“Status & Trend of Farm Mechanization in Thailand, Oct. 29-30 2001)。
 上述の輸入台数の中には中古製品のものも含まれており、トラクターのみならず噴霧機や作業機も再整備・調整を行って国内および近隣諸国へ輸出している。中古は日本からが多く、台湾・韓国製もある。


表3 農業機械の輸入台数
単位: 台、 x 1,000 US$

農業機械名 1998 1999
台数 輸入額 台数 輸入額
1.揚水ポンプ 947,981 75,506.10 2,274,723 68,624.60
2.プラウ 395 134.4 380 35.9
3.ハロー、ホー 2,172 44.7 293 53.6
4. カルチベーター 19 30.2 137 111.1
5.散布機(ディストリビューター) 130 27.1 17 20.2
6.収穫機 529 125.8 16 71.6
7.脱穀機 4 1.3 8 31.6
8.精選機 8,064 2,885.10 880 4,673.40
9.ふ卵器 6,709 953 22,607 2,510.90
10.動力噴霧機 66,933 4,121.90 136,933 566.9
11.その他の農業機械 704,578 3,883.80 - 7,165.20
12.農用トラクター 5,390 27,206.70 383,716 39,092.60
出典: Agricultural Statistics of Thailand Crop Year 1998/99


表4 農業機械輸出台数
単位: 台、 x 1,000 US$

農業機械名 1998 1999
台数 輸出額 台数 輸出額
1. 防除用噴霧機 2,348 94,437.00 1,876 76.2
2.プラウ 1,208 943.6 853 353.6
3.揚水ポンプ 246,297 15,325.80 417,111 19,591.80
4.その他の農機具 24,446 1,755.30 118,414 1,500.00
5.農用トラクター 51,450 31,049.80 48,568 12,000.00
出典: Agdcultural Statistics of Thailand Crop Year 1998/99
(3) 農業機械の普及・利用形態
稲作における圃場準備作業は、パワーティラーが主流である。コントラクターは4輪トラクターで耕起・砕土・代掻き作業を行う。4輪トラクターは中古トラクターが日本・台湾・韓国から輸入され農業機械業者により再整備調整されて国内および近隣諸国の市場に出まわる。このことはタイの農業機械の整備技術が高いことを示している。
 国内で稼動しているパワーティラーは、1998年現在で約238万台あり、4輪トラクターは約28万台が稼動している。経済危機が落ち着いた後はさらに普及している(以下表5、表6を参照されたい)。これまでは歩行型パワーティラーであったが、歩行型パワーティラーでの作業は重労働であり、農家は乗用型のパワーティラーへの要望が高い。経営的にはコントラクター利用の方が経済的でもあり、荒起しはコントラクターの4輪トラクターで行い、砕土・均平・代掻作業は自前のパワーティラーで作業する農家もある。
 表6に示すように、畜力用の水牛・雄牛は激減しており、中央平原では国道を走っている限りはほとんど見られなくなってきた。
 播種作業は直播(ばら播き)が主体であり、機械化は進んでいない。田植機の普及は今のところないと推察する。
 除草作業は除草剤利用が多く、密植直播ということもあり機械が入り難く、作業の機械化は進んでいない。なお、表2−5に示す除草機は、草刈用刈払機を示している。
 収穫作業は、中央平原においては、コントラクターによるコンバインの普及が目立つ、リーパー + 脱穀機も依然主流である。賃脱穀(コントラクター)が多く、短時間で生脱穀できるコンバインが農家にとって歓迎されている。脱穀機・唐箕等の普及台数は減少している。脱穀機の減少は機械の大型化、コントラクター化、唐箕の減少は生脱穀化、脱穀機・コンバインの選別性能の向上、仲買人の荷受用粗選機の性能向上等によるものである。


写真5 バーチカルポンプによる揚水

(4) 農業機械化のための農村金融・資金調達

農村金融の主体はBAAC(Bank for Agriculture & Agricultural Cooperatives:農業・農業協同組合銀行)と農業協同組合(農協)である。1980年代においてBAACは融資の返済を籾の現物で受け取っていたが、現在は現金決済に変わっている。金利は6.5 %〜9.5 %/年で、農業機械・農業資材等の融資が受けられる。営農グループの連帯補償が必要である。農協の融資制度もあり金利は5 %/年である。農家の話ではBAACの融資が多く利用されるとのことであった。
 個人で融資を受ける場合は、相変わらず仲買人や農業資材(種・肥料・農薬等)商からの融資も多い。青田買い等も依然行われている。


表5 地域別稼動中の農業機械台数の推移 (1994−1998)
農機名 東 北 北 部 中央平原 南 部 全 国
パワーティラー  (5〜12PS) 1994 168,975 593,717 341,854 206,880 1,311,426
1995 202,769 696,905 376,039 239,980 1,515,693
1997 288,578 960,365 449,216 324,308 2,022,467
1998 359,190 1,128,909 511,924 378,792 2,378,815
4輪トラクター  (22〜75PS) 1994 15,146 32,796 69,150 3,659 120,751
1995 17,418 39,457 87,721 4,245 148,841
1996 20,032 47,471 111,278 4,923 183,704
1997 22,776 55,493 134,312 5,656 218,237
′1998 26,746 68,872 179,763 6,676 282,057
揚水ポンプ 1994 270,340 449,469 985,479 87,665 1,179,953
1995 310,160 504,438 1,123,937 99,779 2,038,314
1996 355,846 566,129 1,281,849 113,568 2,317,392
1997 402,106 632,932 1,460,026 129,240 2,624,304
1998 472,652 715,233 1,677,600 147,463 3,012,948
動力噴霧機 1994 16,593 50,974 277,838 6,691 352,096
1995 20,563 57,701 304,120 -7,795 390,179
1996 25,483 65,316 332,888 9,080 432,767
1997 29,586 73,154 375,831 10,424 488,995
1998 39,246 83,919 397,683 -12,322 533,170
手動噴霧機 1994 2,033,418 2,981,148 1,940,349 946,492 7,901,407
1995 2,602,406 3,670,717 2,328,417 1,289,088 9,890,628
1996 3,330,606 4,519,791 2,794,099 1,755,691 12,400,187
1997 3,796,480 5,040,329 3,073,200 2,073,494 13,983,503
1998 4,297 5,508,854 3,380,520 2,322,649 15,509,095
脱穀機 1994 5,786 19,600 33,227 2,897 61,510
1995 6,365 22,463 36,682 3,017 68,527
1996 7,002 25,745 40,497 3,142 76,386
1997 7,646 28,860 43,575 3,494 83,575
1998 8,822 33,885 49,582 3,540 95,829

Source: Agricultural Statistics of Thailand Crop Year 1998/99
出典: 1993 & 1998 Agricultural Census, National Statistic Office, Office of the Prime Minister