ラオスの農業機械化事情

  1. はじめに
      平成11年度農林水産省委託事業(全国農業改良普及協会)「機械化農業生産体系確立海外技術協力促進事業」で、ラオス人民共和国のメコン河流域における農業機械化の現地調査結果概要をとりまとめたものである。

  2. 国の概要
     ラオスは、北緯14°〜22.5°東経100°〜107°に位置し、海岸線を持たない内陸国で、東をヴェトナム、西をタイ、南をカンボジア、北を中国、北西をミャンマーに囲まれており、国土面積は、23.7万km2で我国の本州の面積に相当する。西のタイ・ミャンマー国境沿いにメコン河が流れており中南部のメコン河沿いに肥沃なライスベルトを形成している。
     気候は、熱帯モンスーン気候に属し、雨季(5〜10月)、乾季(11〜4月)に明確に区分され、湿度は雨季は90%を越え、乾季でも50%以上と高い。乾季にも若干の降雨量があり、年間をとおして農作物の栽培を容易にし、高原地域のサヴァンナ化を防止している。
     1953年に正式にフランスの統治からラオス王国として独立したが、1960年にクーデターが起こり、アメリカ・タイの支援するグループとソ連・中国・北ヴィエトナムの支援するグループとの内戦状態になり、1975年にラオス人民革命党が主導権をとり、王制の廃止と共和制に移行して現在に至っている。
     大統領を国家元首とする共和制国家であり、立法機関は1院制で、国民会議に委ねられている。中央行政は閣僚評議会が行っており、地方行政区分は16県とヴィエンチャン特別市、それぞれ人民評議会(立法)と行政委員会(行政)が活動している。
     GDPは、US$ 14億 (1998)で一人当りのGDPは、US$282〜300で低発展途上国である。輸出は、US$1.6億(1993)、輸入は、US$3.2億(1993)であるが、メコン河を渡っての密貿易量は、かなり大きい。
     1990年: FAO1996の人口は,5,194千人で約四百万人(77%)が農業(農村)人口であり、就業者人口250万人のうち190百万人(77%)が農業就業者である。東南アジアでも後進のカンボジア、ミャンマーでさえ71%の全就業者に占める農業就業者の比率であり、農業に負うところが極めて大きい。因みにタイは、58.8%、インドネシア50.4%、フィリピン41.4%である。
    計画経済からの市場経済への脱皮が徐々に進んでいるが、政府を含み人材が極めて少ない。国の法制度、インフラの整備、人材育成が急務である。
     稲作を中心とする農業国で農業の実質GDPシェアは1998年度で52.2%である。

  3. 農業の概況
     ラオス人の食生活の中心が米(主食の米はもち米)であること、有望な一次産品が現時点でコーヒーを除き特に無いことから稲作中心の生産形態をとっている。稲作をはじめとする農産物の生産地がメコン平野部と南部のボロヴァン高原に集中しており、北部・東北部での農産物の自給度が極めて低い。
     灌漑化された水田面積は約10%に過ぎず、残りの90%は、天水田であり、米の収穫高が不安定である。
     山岳地帯での陸稲は焼畑により行われており、焼畑から水田農業への転換を進めるため新規開田の必要がある。
     道路等社会インフラの整備が遅れているため市場との流通が悪く、都市周辺を除き、地域完結型の生産・消費形態(自給自足)農業となっている。
    1996年における耕地面積は、80.3万ha (国土面積は、2,368万ha)、耕地永年作物面積は、85万haで、 耕地永年作物面積の土地面積に占める率(%)は、東南アジア7ヶ国の中で極端に少なく、3.6 %である。
     稲作全体の反収は、2.7 トン/haである。また、ラオスの稲は、80 %以上がもち米であり、どの形態でももち米栽培が主である。
     ラオスは、山岳高地が多く、耕地面積は、国土面積の約4%(94.8万Ha)に過ぎない。耕地面積の拡大は、地勢的理由と経済効率からして限界といわれている。

    田植風景
    (タゴン地区)

     ラオス農業の特徴として以下のことが言われている。

    1. ラオス人の食生活の中心が米(主食の米はもち米)であること、有望な一次産品が現時点でコーヒーを除き特に無いことから稲作中心の生産形態をとっている。(米の収穫面積は、全作物収穫面積の約8割を占める)
    2. 稲作をはじめとする農産物の生産地が地勢・水利の面からメコン平野部と南部のボロヴァン高原に集中しており、北部・東北部での農産物の自給度が極めて低い。
    3. 灌漑化された水田面積は約10%に過ぎず、残りの90%は、天水田であり、米の収穫高が不安定である。山岳地帯での陸稲は焼畑により行われており、焼畑から水田農業への転換をすすめるため新規開田の必要がある。
    4. 市場経済導入に向けて動き出した経済は、都市部において活性化の兆しがあるものの道路等社会インフラの整備が遅れているため市場との流通が悪く、ヴィエンチャン等いくつかの都市周辺を除き、地域完結型の生産・消費形態(自給自足)農業となっている。
    5. 農産物加工施設が少なく、流通組織が整備されていないので農産物の付加価値が低く、ポストハーベストのロスも大きい。
    6. 栽培技術(品種改良・育種・施肥・病害虫防除等)が甚だしく遅れている。
    7. 農業金融が未発達である。


     農家の籾売渡価格(もち米)は、600,000 kip/トン(サバナケットの2000年2月の価格)であった。1995年のサバナケットでの価格が124,361 kip/トンであったので、ほぼ5倍になっている。ビエンチャン市内の市場での精米価格は、以下の通りであった。
    もち(上): 2,000,000 kip/トン、
    もち(下): 1,900,000 kip/トン、
    うるち(上): 2,500,000 kip/トン、
    うるち(下): 2,200,000 kip/トン
    精米歩留を65 %で試算すると籾単価600,000 kip/tonは、精米換算で約968,000 kip/トンとなり、ほぼ50%が集荷・籾摺り精米加工・流通費となっている。
    1996年 FAO統計資料による米(籾) 生産量は、1,414千トン、トウモロコシは、78千トンであった。

  4. ヴィエンチャンおよびその近郊
     1月22日、バンコクを朝8時20分のTG690便で1時間10分のフライトで、一旦ナム グム ダムの上空まで北上してラオスの首都ヴィエンチャン・ワッタイ空港に着陸した。この空港は、日本政府の無償援助でリハビリされ、昨年から利用開始された真新しい施設で、旅客ターミナルの入口にはラオスと日本の国旗が刻まれた記念石碑が設置されている。
     これまで日本に入ってくるラオスの農業情報は、メコン河川敷の野菜栽培や山岳地帯の焼畑農業ばかりで、「農業機械化にはまだ時間がかかりそうである。
      食糧増産援助(日本政府が行っている食糧増産のための農業資機材の無償援助: 2nd Kennedy Round、 2KR ともいう)で供与された農業機械程度であろう。」との認識が強くかった。こうした先入観で現地入りしたことが、調査を進めていくに従って覆され、「現代の時代変化のスピードは、先進工業国だけでなく、低発展途上国も同様急速に進んでおり、三年一昔である。こうした現地調査は、欠かさず続けて、日本に情報を発信することが必要である。」との思いに至った。
     特に2003年から始まる「農産物貿易自由化」に向けてASEAN各国の農業政策は、急速に変化を始めている。
       
    ヴィエンチャン近郊の国道
    を移動中の大型トラクタ
    (個人所有 Ford、タイから中古を輸入)

       ヴィエンチャン近郊は、古くから日本の農業技術協力が行われてきたが、社会主義政権の時代は、東欧の大型機械による稲作の機械化が国営農業機械修理工場(タゴン市内:現農業灌漑機械公社)を中心に国営農場、農業合作社で進められてきた。開放・市場経済政策に移行して以来は、アジア式(日本式)の小型農機による機械化に切り替わってきている。
      農業灌漑機械公社は、ポンプ・農機・肥料農薬を扱う公社で、ポンプはインド製、大型トラクタは80〜90 PS のロシア製を扱って、トラクタは国営農場を中心に販売している。
     農業合作社は、計画経済時代のノルマ政策や農民の相互監視等で農民の信用が得られず、現在衰退中であり、ラオスにおいては、この後遺症のため機械の共同運営等の農民の賛同が得られない状況である。
     農機や精米機の所有者は、ヴィエンチャン近郊でも賃耕・賃搗きを行うケースよりは、親類縁者に対してこれらを行う場合の方が多い。ヴィエンチャン近郊については、徐々に賃作業の事業が始まりつつある。
       
    大型トラクタによる耕起作業

         国道を走っていて一番目に付くのが、トレーラ付きのパワーテイラである。農作業以外にも運搬、移 動用としてメコン ライス ベルト(地帯)における農家の三種の神器となっている。テレビ(バッテリー式)、パワー テイラの普及が激しく、国道沿いのあばら屋の屋根にアンテナ、高床の下にはパワー テイラが随所に見られた。  
    国道でのインタビュー


  5. 国立農業研究所のワークショップ
     国立農業研究所(NARC)は、ヴィエンチャン近郊のナポックにある。国際稲作研究所(IRRI)の研究協力による高収量種子(HYV)の開発とその増殖が主な業務である。そのため広大な圃場で種子増殖が行われており、種子処理施設と農業機械の運営が、大きな役割を果している。
     現状では、HYV生産が主であり、研究開発の業務は従の状態で、機械のワークショップ(加工機械設備)も極めて貧しい予算設備の中で運営されている。
     中央政府の人材も少なく、総ての不足の中で新たな国建設が行われており、地方は更に遅れており、機械化が進展する中で、機械技能者の不足は、今後大きな問題となって来ると思われる。このワークショップのリハビリとワークショップでの機械加工の技能者の訓練育成は、ラオスの農業および工業に大きく貢献すると思われる。

  6. 東南アジアの修理システム
     ラオスに限らず東南アジア農機具・自動車の修理システムは、日本のシステムと異なる。
    機械が故障した場合、所有者はその不具合が分らない場合は販売店や修理所(村落町工場や野鍛冶)で診断を仰ぎ、販売店や部品屋でその部品を購入して修理所で修理してもらう。修理所の資金が小さく、部品のストックができないことによるが、部品を扱うものと修理を行うものの住み分けがなされている。
     今では、特殊な部品を除きほとんどの部品が金さえあれば購入できる(純正部品、台湾・シンガポール製、中国・現地製の3区分がある)。ラオスには、まだ現地製はなく、タイ製部品が多い。中国製部品も販売されている。

    NARCのワークショップ
    (溶接器・サンダのみ、奥にコンプレッサ)


  7. ヴィエンチャン〜サバナケット
     ヴィエンチャンの南490 kmのにある第2の都市サバナケットへエアコン付き4駆で向かった。サバナケットまでの国道は、日本政府の無償援助で新しく改良整備されており、新しい橋も随所で架け返られており、あと2ヶ月で総て完了予定である。乾季であり、北からの季節風の影響で早朝は、少し肌寒い。市街地を抜けてナポックに向かう途中から圃場に向かうトレーラに家族と小型軸流ポンプや水田車輪等を乗せたパワーテイラと頻繁に出会う様になった。
     
    農機販売店の部品棚

       ヴィエンチャンから150 km のメコンに沿ったパクサンの当りは洪水の常習地帯である。現在のメコンおよび支流の水位は、はるか10数メータ下である。大型ポンプで揚水された水が揚水池や灌漑水路に導入されていく。2期作・3期作が可能な地帯が続く。灌漑水路からは、小型軸流ポンプで自分の圃場に水を引き込んでいる。大型ポンプは、国から地区に貸与され、運営・維持費は圃場面積の大きさによって農家から調達される。
     乾季作は、農家によっては圃場をリースする場合があり、パワーテイラを持っている農家は、これらの圃場も借用して生産することがある。ラオスのパワーテイラの標準付属部品は、トレラ、5インチ軸流ポンプ、プラウ、水田車輪、工具が普通である
    家庭雑貨等の取引でメコン流域のラオス人は、貯蓄をしているのである。「経済的に恵まれていない国でカラーテレビやパワーテイラ等が買えるようである。」ここは、タイのバーツ経済圏であり、商品の価格表示はバーツでもなされている。メコン流域を外れるとこうした恩恵は受けにくい。
     焼畑が行われている山岳地帯との格差も大きくなってきている。
     東南アジアの農村では、多くの水牛・牛が見かけられる。しかし耕耘作業の過酷な労働は、人も水牛も同じである。水牛は、午前中の涼しい時間帯だけしか使えない。1日中作業させると体温が上がりすぎて死んでしまう。仕事中も体温をチェックしながら時々休憩させる必要がある。12時頃には、休ませて水浴びをさせて1日は終わりである。
     アジア経済危機が一段落した頃(1999年頃)から東南アジアの灌漑普及地域では急速に機械化が進展している。圃場を1年間フルに利用できる機械化作付体系の農業を目指している
     これまで年間3〜4ヶ月しか労働できなかった農業労働者も6ヶ月以上の就業機会にありつけるようになっている所も有る。こうした所は、灌漑・耕耘は機械が行い、移植・管理・収穫は人力で行われている。
     
    パワーテイラによる作業風景

     

  8. 耕うんの機械化
     タケクの町のテレビは、総てタイの番組である。客の身なりもタイやインドネシアで見かけるほどである。タイへは、メコンを小船で一漕ぎで渡れる。
     家庭雑貨等の取引でメコン流域のラオス人は、貯蓄をしているのである。「経済的に恵まれていない国でカラーテレビやパワーテイラ等が買えるようである。」ここは、タイのバーツ経済圏であり、商品の価格表示はバーツでもなされている。メコン流域を外れるとこうした恩恵は受けにくい。
     焼畑が行われている山岳地帯との格差も大きくなってきている。
     東南アジアの農村では、多くの水牛・牛が見かけられる。しかし耕耘作業の過酷な労働は、人も水牛も同じである。水牛は、午前中の涼しい時間帯だけしか使えない。1日中作業させると体温が上がりすぎて死んでしまう。仕事中も体温をチェックしながら時々休憩させる必要がある。12時頃には、休ませて水浴びをさせて1日は終わりである。

    水牛によるレーキ作業

       アジア経済危機が一段落した頃(1999年頃)から東南アジアの灌漑普及地域では急速に機械化が進展している。圃場を1年間フルに利用できる機械化作付体系の農業を目指している。
     これまで年間3〜4ヶ月しか労働できなかった農業労働者も6ヶ月以上の就業機会にありつけるようになっている所も有る。こうした所は、灌漑・耕耘は機械が行い、移植・管理・収穫は人力で行われている。    
    畜力用レーキ

     

  9. 農機販売店
     ヴィエンチャン市内/近郊には、数軒の農機具販売店があり、活況を呈している。
     タゴンには、農業・灌漑機械公社の工場のほかタゴン農機具工場もあり、主として鍬・鎌・水田車輪・トレーラ・精米ユニット等が生産されているが、農業機械の多くは輸入品である。
     タイのメーカー(主として日本の現地法人)の販売代理店が多く、中国製品・ヴィエトナム製品も扱っている。日本の現地法人は、タイ国内の営業所・部品センター・研修所等の体制ができあがっており、ラオスのこれらの販売店は、技術研修を受けており、これらの販売店では、技術証明書が額に入れられて店頭に飾られている。
     
    ヴィエンチャン市内の農機販売店

       メコン流域の地方都市も同様で、タケクの販売店では1999年の売上台数(パワーテイラ:200台)を2000年の1月のみで達成しており、サバナケットの販売店では小型4輪トラクタ、リーパ等も含んだショールームを大々的に開いている所もあった

  10. 米の価格
     サバナケットにおける農家の籾販売価格(もち米)は、2000年2月現在で 600,000 キップ/ton であった。1995年のサバナケットでの価格が124,361 キップ/ton であったので、ほぼ5倍になっている。
     
    農家の籾倉(タケク)

       2000年2月におけるヴィエンチャン市内における精米価格は、もち米(上)で 2,000,000 キップ/ton、 もち米(下)で 1,900,000 キップ/ton うるち米(上)で2,500,000 キップ/ton、うるち米(下)で2.200,000 キップ/tonであった。

    ラオス製農家用精米ユニット
    (タイ式木製フレーム)

     籾からの精米歩留りを65%とすると籾換算で968,000 キップ/ton となり、精米価格のほぼ50%が集荷・籾摺精米加工・流通費となっている。
     
    ヴィエンチャン食料市場
    (タラート ノンドゥアン)の米屋


  11. まとめ
     農産物貿易自由化に向けて米輸出/輸入国とも米を中心に新たな農業政策を模索している。日本型の農業の機械化が一番貢献できることが理解されてきている。
     テレビの普及により世界・都会の情報が辺境地まで入りこんでおり、情報は平等に行き渡ってきている。これとともに次世代の若者の農業離れが始まってきている。
     21世紀の農業は、機械化を抜きでは語れられない。日本の機械化が始まった頃に思考を戻して、営農資金・技術に見合った適正規模・技術の普及を軸に世界の食糧基地である東南アジアの農業を考える必要があると思われる。