カンボディアにおける機械化技術協力の農業機械分野における技術指針
〜平成12年度 農林水産省機械化生産体系確立海外技術協力促進委託事業報告書より〜

 カンボディアの農業の基幹作物は91%を占める稲作で、メコン河・トンレサップ湖等氾濫後を利用する伝統的粗放農業が主流である。集約的な農業への転換の進展は遅いが、メコン河に沿った南部では、洪水を利用したコルマタージュ灌漑システム等が日本政府の援助により行われており、稲作・園芸作物作との各種組合せによる持続的環境保全型営農が進められて来ている。
 カンボディアの米自給率はほぼ達成されたと言いながら、地方により大きな差があり、世界食糧計画(WFP)による食糧援助を受けている地方もある。カンボディアは自然・土地・圃場条件等で在来種しか栽培できない地域が多く、灌漑設備の不備もあって集約化農業が進みにくい。カンボディア-IRRI-オーストラリア計画(CIAP)の努力でカンボディア農業開発研究所(CARDI)において在来種の収集・分類も進んで来ているが、CIAP計画も2001年で終了し、特殊法人であるCARDIが援助なしでの単独運営がなされることとなる。 
 乾季稲作の灌漑インフラは一部の主水路を除きほとんど未整備であり、末端水路があっても漏水や管理不足で水が末端まで届いていない。旧バッタンバン農業技術センターも末端水路に属して、乾季作は不可能である。粗放農業から集約化農業への移行もこうした農業インフラの整備が行われた後に続くため、まだ時間がかかる。
 こうした状況の中でのカンボディアの機械化需要の最大要因は、農繁期の労働力不足と従来からある畜耕による賃耕と機械耕によるコストの差が現在では少なくなってきたことである。一方、総ての農業資材が輸入に頼っており、農業資機材の国内生産のためにも人材育成・資本蓄積等課題が多くある。カンボディアで生産可能なものから順次国産化に努める必要がある。
 精神的後遺症も大きく、国土のみならず、人心・人材・技術の復興も必要とされている。協力に当たっては、カンボディア村落の人々の考え方、農村文化、女性の参加(ミャンマーで実施されている女性のトラクターオペレーター養成所等)、貧困対策(農村産業の育成等)を組み入れた穏やかな普及が期待される。

1. 農業開発計画
 カンボディア政府は「食糧の安全保障」と「貧困撲滅」のために農業の果す役割が極めて重要と認識しており、急激な人口増加に対応した食糧の安定生産を図るため国家社会経済開発の中に農業開発とそれに基づく農業生産を最重点課題として位置付けている。
 2001年から始まった第2次国家社会経済開発計画および第2次5ヵ年計画における農林水産省の目標も「食糧の安全保障」と「貧困撲滅」が大きな柱となっている。具体策として「農業用水源の開発・充実」、「灌漑施設の充実・強化」、「農用地の改良と拡大」等、稲作を中心とした農業生産物の多角化推進を打ち出している。農業機械化局を中心として推進する「稲作の農業機械化」も重点課題の1つである。

2. 稲作技術革新と農業機械の役割
 気象に依存する粗放農業は、気象そのものの変動で収量が左右される。水田の多くが土地・土壌条件によって在来種(長幹で高水位に耐える)以外の栽培が難しい。また長年の粗放農業により浮稲地帯・減水田地帯では地力の劣化が起きており、長期的には土壌改良が必要とされている。
米は、生産のほとんどが農村の自家消費に廻されて国内の米市場は極めて小さい。流通の インフラが未整備で一般市場の多くは主要都市に限られる。ヴィエトナム、タイの国境近くでは輸出または輸入がされているが、商品となるのはHYVでなく在来種である。近年自給が達成されたといえども気象に左右される農業で地域間の流通は乏しく、地域によっては世界食糧計画(WFP)から援助米の配給を受けている。
 カンボディアの米市場が小さく、価格も安いためIRRI種に対する農家の生産意欲は小さいように見られる。最近は、売れる良食味在来種(柔らかい香米:カンボディアではHigh Quality Variety、IRRI種は硬くて味がないとのこと)の品種改良(CAR種)が進められてきており、特にシェムリアップ州での普及が進んで来ている(50%普及)が、南部での普及はIRRI種が少なく、CAR種の普及もあまり進んでおらず、南部向け品種改良はこれからである。
 農業資機材の流通は、農林水産省の中央農業物資公社はほとんど機能しておらず、商業省傘下の農業資材公社(グリーン トレーデイング)が主として機能している。一方、バッタンバン州等北西部では、カンボデァ精米協会やタイの精米業による良食味米種子と農業基本投入資材等の抱き合わせ販売が進んで来ている。こうした民間を通じた良食味在来種の普及も一考である。
 カンボディアおいては、短期的には高く売れる良食味在来種の生産増(農家の収入増)に結び付く技術 −在来品種の改良(CAR種)とそれに伴う生産技術と単作に現金作物を組み入れた生産体系− の協力が望ましい。
 これまでカンボディアでは、従来から畜力による圃場準備作業が行われており、賃耕による耕うんシステムも普及している。畜力による作業では、1 ha当り「一次耕の荒起し」だけで1週間から10日かかるが、トラクター・パワーテイラーでは数時間から多くて1日で済む。農繁期におけるこの省力化は、農家に多くのメリットを提供する。朝の炊飯から始まる主婦、特に寡婦の家事・農作業の労働量は膨大である。機械化は、母系家族で経済は女性が握っているカンボディアでは、女性の重労働からの開放、女性の農業開発への参加(WID)ももたらせる。
 トラクターとパワーテイラーの初期投資額には大きな開きがある。カンボディアのみならずミャンマーも含むインドシナ半島のパワーテイラーの販売システムは、エンジンと駆動部を分けて販売しており、農家は両者を中古品でも購入できるため、わずかな資金でも調達可能である。畜耕と機械耕のコストの差は、既に無くなってきており、今後一気にパワーテイラーによる機械耕が普及することも考えられる。
 灌漑施設・圃場整備・土地改良・農道・倉庫等の農業施設・農産物市場等どれをとっても未整備である。国道を主体に社会インフラおよび流通機構・設備の整備も待たれている。日本政府の各部門調査が進んで来ており、カンボディアにおいて日本政府への期待が極めて高い。

3. 農業機械の開発と製造
 カンボディアの機械製造業の技術は極めて低く、NGOを中心に農村工業的にペダルポンプ(足踏式)や水鉄砲式の噴霧器等の製造の技術移転が行われてきた。最近、プノンペン空港の近くで動力スレッシャー(IRRI型投込式動力脱穀機)や農民車の製造が始まった段階である。クワ・鎌・山刀等の農具も中国・ヴィエトナム・タイ等からの輸入品である。灌漑ポンプは、タイ・ヴィエトナム製の小型軸流ポンプ(バーチカルポンプ)が安く入手できる。
 機械工業の設備の欠如のみならず、技能者も不足しており人材育成から始める必要がある。カンボディアに適する農業機械の開発に当っては、村落工業を起すことも考慮する必要があり、一方で現在利用されている農業機械の適正作業機器、農具の改良が重要である。

4. 農業機械の普及
 かっての技術協力で完成した機械化直播栽培技術を活用し、今後CARDIで改良されるであろう良食味在来種の実証普及プロジェクトが必要であり、在来種の選抜改良を進めながら人材育成を進め、この計画内で適正機械化技術の普及を図る必要がある。技術者が抹消されたカンボディアにおける技術移転に当っては1つの計画の中で中央政府・地方政府・中核農民を捲込んだ同時技術移転をして指導者を育成し、この計画の下に各州機械化センターの人材育成と中核農家の育成を図ることがカンボディアの現実に合っている。農業機械化局では形の上の訓練組織はあるが、予算、技術とも協力が待たれている。

5. 機械化営農
 粗放農業が続く限り農業資材は自給自足で補われる。農業機械、基本資材の投入も農家収入が潤ってこない限り難しい。こうした背景のもとで良食味在来種に合った栽培技術、営農システム等の開発をおこない、技術普及を進める必要がある。また地域にあった稲作以外の農産物の栽培技術の開発も必要とされる。高く売れ、売れ残らない稲作と換金作物の組合せで農家の所得向上が必要である。農家一軒ごとが農業機械(パワーテイラー・トラクター)を購入することは資金的に難しく、一方では、長年の内乱で相互不信が広く根付いており、営農集団で農業機械を購入・運営することは難しいと言われているが、籾銀行等で運営がうまく行っている組織もある。ODAによるモデル機械化営農集団実証農場プロジェクト等を計画実施することで農業機械化の普及を図ることが必要である。カンボデァの農家にとって、圃場準備作業に投入する機械賃耕の経費は元々の畜耕による賃耕の習慣があるため抵抗が少なく、賃耕業者による機械化が始まってきている。
 現在耕起作業で使われているパワーテイラー用プラウは3輪デイスクプラウやボトムプラウが用いられており、ボトムプラウの設計は畜力耕用プラウに近く、耕土の反転(天地返し)ができない構造である。バーチカルポンプは簡単な構造であり、日本をはじめ稲作農業機械化の初期の段階で広く国産化されてきた。 カンボディアではタイ、ヴィエトナム製のバーチカルポンプや小型遠心ポンプが灌漑地域で普及している。小型遠心ポンプは中古製品である。改良プラウ、バーチカルポンプ、動力スラッシャー(IRRI型動力脱穀機)、唐箕、クワ、鎌等の製造は、現地の技術でも製造が可能である。動力スラッシャーは、プノンペン市内で製造が始まってきた。
 現状のカンボデァ営農は少しずつ機械化に向かっている。15馬力以下のパワーテイラーに適した作業体系、土地条件・土壌にあった農業機械(作業機器)の改良が望まれる。 肥料・農薬に関しては粗放農業の歴史が長く、普及には時間がかかる。粗放農業の中の病害虫問題では、ウンカが大きな問題であり、メイチュウ・カメムシ・イモチ病・紋枯病等も発生している。手動の水鉄砲式噴霧器が村落で製造されているが、農薬を利用できる農家は少ない。
 カンボデァの農家にとって農薬は極めて高価な資材である。農薬関連法規は未整備で、利用技術も普及していないため農民の農薬に対する知識は殆どないことを考慮して協力を進める必要がある。

6. 機械化農業生産体系の方向
 カンボディア・IRRI・オーストラリアのプロジェクト(CIAP)は2001年で終了する。CIAPによりカンボデァ国在来品種の収集・整理は進んでおり、この中から次の選抜改良事業が行える。在来種の選抜改良・営農システムの普及を推進させ、機械化を含む適正な営農技術の開発普及を行うことで将来農家の収入増が期待できる。バッタンバンの旧農業技術センターで機械化直播栽培技術の完成を見たが、その技術普及まで至らなかった。この計画内で適正機械化技術の普及を図る必要がある。

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