フィリピンにおける機械化技術協力の農業機械分野における技術指針

  1. はじめに
     フィリピンにおける農業機械の最終利用者である農家・農民等にとっては、彼等にとって経済的に見合う、かつ操作運転が簡単で、しかも耐久性の高い農業機械が必要であり、そのためにはフィリピンにおける農業機械研究開発体制、国内生産体制、普及訓練体制が、現在よりもさらに一層強化されなければならないとする立場から、日本の当該分野に対する技術協力のあり方について検討していくものである。
     本指針の構成は以下の3部から成り立っている。先ず初めにこれまでのフィリピンに対する日本の経済・技術協力を概観する。続いて農業機械分野は、ハード、ソフトの両面のまたがり、多岐にわたるため、当該技術協力指針作成の背景を良く理解されるよう、まず、フィリピンにおける農業機械化の現状と課題を捉えていくこととした。これは「報告書」において詳しく述べられているものであるが、指針のみでも現状と課題が理解できるよう要約した形で述ベ、最後に、結論でもあるが、フィリピンにおける「機械化農業生産体系確立のためになされるべき農業機械分野の技術力」について、その指針をとりまとめたものである。

  2. フィリピンに対する日本の経済・技術協力
     日本のフィリピンに対する経済・技術協力は、経済インフラ整備、基礎生活援助、人づくりに主点を置いて展開されてきた。経済・技術協力は、借款、無償資金協力、技術協力の形態で行われきているが、いずれの形態においても農業開発、農村開発の分野が重視されてきた。
     借款における農業分野に対する協力の主なものは、灌概事業、農業総合開発事業、高収量種子生産配布事業、アグロインダストリー技術移転事業などである。
    無償資金協力についても、農業開発、農村開発、農業教育を重視して行われており、農業、林業、水産業、食糧増産の分野がカバーされている。具体的に主な案件を上げれば、ボホール農業振興センター建設、レイテ・ミンドロ島籾殻精米整備、代替肥科研究機材、ドンマリラーノ・マルコス大学農林学センター建設、PhilRice建設、森林保全研修センター建設、森林消防機材整備、淡水養殖教育訓練所計画などがある。
     プロジェクト方式技術協力は、稲作を中心とする農業生産技術分野に対するものが主体を占めてきたといってよい。これについても、主要な案件を上げれば、レイテ・ミンドロ島稲作開発、カガヤン農業開発、ボホール農業開発、稲研究所ブロジェクトなどがある。
     l998年現在実施されているプロジェクトの主なものは、稲研究所計画の第二フェ一ズとも位置付けられる「高生産性稲作技術研究」計画と、ボホール農業開発計画を発展させたといえる「ボホール総合農業振興」計画の二つのプロジェクトである。
     これらのプロジェクトは、稲作を中心としたフィリピン農業の安定生産の確立に大きな貢献をなしてきた。これらのプロジェクトに派遣された農業機械の専門家の技術指導の内容の特徴をみると、1960年代にスタートした初期の段階は農業機械の利用に関する協力が多く、1980年代半ばから現在にかけては適正農業機械の研究開発に関する協力に主力が傾いてきているといえる。

  3. フィリピンの農業・農業機械化事情
    (1)農業の現状と課題
     農業はその生産量、労働人口の割合から見て国の基幹産業と位置付けられている。
     フィリピンの主食である米の生産量は、l993年には11.3百万トンに至ったが、人口の増加に追いつけず、自給水準を上下している。一部地域の主食であるトウモロコシについては、同じ1996年には4.1百万トンの生産を上げたが、家畜飼科に大量に消費されることもあって、年々入量が増加している。このような主食作物の需給バランスの崩れは食糧安全保障上懸念される問題となっている。
     ココナッツは、フィリピンにおける最大の外貨獲得源となっている農産物であるが、小規模ココナッツ園が多く、その生産性向上、農民の粗織化等による国際競争力の強化が課題となっいる。サトウキビも主要な外貨獲得源の農産物であるが、これもココナッツ栽培と同様小規模営が多く、常に国際市場価格に左右されている状況である。
     野菜・果樹類は都市化による需要増が急激であることと、バナナ、マンゴ等輪出果樹の需要衰えていないこと等から順調な成長を遂げてきている作物である。
     これらを背景にフィリピンは、より一層の農業近代化を目指して「農業近代化促進法」を制定し、農業機械化を一つの柱として、農業生産を拡大する施策を講じている。その施策の柱となっているものは、「戦略的農業開発振興圏(Strategic Agricultural &Fishery Developlment Zone=SAFDZ)」の設置である。これはフィリピンの全ての地域と全ての部門が開発に参加し、開発の恩恵を受けることを上位目標として、多くの住民が参加し、出来るだけ多くの地域、可能ならばフィリピン国内の全ての町、村を、この開発振興圏に取り込んでくという雄大な農業開発計画である。
     農業近代化促進法によれば、その具体的な実施は、5カ年計画を策定して行うことになってるが、予算的には5カ年で合計約1千億ペソが計上される予定である。

    (2)農業機械化の現状
     農作物を中心としたフィリピンの農業機械化は、収穫後処理の脱穀、精米作業の機械化が最も進んできたと言える.機械脱穀は90%に達したといわれており、精米は、ほぼl00%が精米機よる。続いて、ハンドトラクタによる耕耘作業の機械化が進みつつあり、畑作地帯では4輪トクタによる耕耘作業の機械化も進みつつある。
     防除作業については、背負式人力噴霧機がほぼl00%農家に行き渡っている。しかし、田植作業の機械化は皆無に近く、田植えの機械化よりも、直播が高生産性稲作農作業と考えられている。トウモロコシなど畑作物の播種作業は、大規模経営を除いて、大部分が人力播種である。
     収穫については、中規模農家以上がリーパーを利用している例はみられるが、大多数は手刈りである。米、トウモロコシの乾燥は90%が天日乾燥で、乾燥場は「穀物増産計画」で設置されたコンクリート舗装された乾燥場が全国に行き渡っている。収穫作業から収穫後処理過程における損失量は大きく、トウモロコシについては12.8%、米については1974年時点で10〜37%、1984年時点でも9.0〜23.0%と言われている。
     フィリピンの農業は、地域によってかなりの異なりを見せる。それぞれの地域には農業試験場が設置されており、地域に適した農業技術の開発普及に努めている。地方に存在する大学の農学部も地域農業振興に重要な役目を果たしている。これらの試験場、大学が地域農業振興センターとしての役割を果たし、普及サービス部門とも協調して農家・農民のニ一ズに応え、新技術を導入普及させてきた。農業機械化振興についても同様なネットワークシステムの下に行われてきている。

    (3)農業機械研究開発の現状
     フィリピンの稲作機械の多くは、国際稲研究所(IRRI)で開発されたものが国内製造され利用されている。機械耕耘作業の主流を占めるハンドトラクタは、前進ギヤのみの、サイドクラッチの付いていないものが多く利用されているため、操作が容易でなく、オペレータはかなりの過重労働を強いられている。この間題解決のために中古車の差動装置を組み合わせたハンドトラクが開発されている。
     田植え作業は過重労働の一つであるが、人力田植機に小型軽量のエンジンを搭載して植え付機構だけ機械化する工夫、開発がなされている。高生産性農作業の一環として直播作業が広まつつあり、直播用の人力シーダーが利用されはじめ、さらに作業を効率化させるため、ハンドラクタおよび4輪トラクタに装着するシーダーが開発されつつある。
     防除機器は、背負式噴霧機を中心に注入器付のもの、回転ブラシ型のものなど安価な機器が開発され農家の需要に応えている。
     灌概については、大規模灌概事業が少なくなっていることもあり、浅井戸灌概が急速に普及しており、簡易井戸堀機の生産が急増している。
     収穫作業は鎌による手刈りが大部分を占める。日本製のリーパーが利用されている地域も散見されるが、高価であるため、レシプロ刈刃に替わるロータリ刈刃・リーパーがフィリピン国内で開発されている。収穫・脱穀を同時作業で行うストリッパータイプの収穫機が開発され、利用されつつあるが、選別精度が低く、作業後再度脱穀を行う必要がある。ストリッパー作業の効率化をはかるため4輪トラクタに装着するタイプが開発されつつある。
     脱穀機は16馬力程度のガソリンエンジンを使用する投げ込み式のものが一般的である。小規模農家用にコンパクト型脱穀機も開発製造されるようになってきた。また、稲ワラをマルチで利用する農家も増え、穂先だけ脱穀するタイプのものも開発されている。
     フィリピンにおける精米作業は専門の業者が行なっているが、僻地農村の農家、農家主婦の需要に応えられるよう処理能力が50kg/hrといった小型精米機も開発されている。
     籾殻ストーブも簡易なものが開発され、燃料の少ない農村に行き渡りつつある。 籾殻燃焼炉付乾燥機も農村には高い需要があり、多種作物の乾燥用として利用されている。
     フィリピンの農業技術研究開発における全国レベルのネットワーク・システムを統括しているのが、フィリピン農業・水産・自然資源研究開発評議会(Philippine Council for Aguriculture,Forestry and Natural Resources Research and Development=PCARRD)である。ネットワークには政府系機関はもちろんのこと、主要な国際機関、民間機関も組み込まれている。

    (4)農業機械製造業の現状
     フィリピンでは現在エンジンの国内製造は行われていない。日本、欧米諸国、周辺アジア諸国から新品、中古品が輸入されている。日本との合弁企業の自動車を例にとると、エンジンはタイから、車体回りはインドネシアから、ハンドル回りは台湾から、その他の部品も輪入し、フィリピンで組立て、販売しているのが実状である。
     フィリピンの農業機械製造は、IRBIが設計開発したものに基づいて行われてきた経緯がある。IRRIの設計図どおり切削、溶接の手作業を中心として機械工作がなされてきた。
     フィリピンにおける農業機械製造の最重要ポイントは、如何にして低コストの機械を製造するかにある。そのため政府は特に農業機械製造関連の原材科、部品の輪入関税引き下げを行っきた。1996年の12月には関税率3%となっている。このような状況下で周辺のアジア諸国を初めとして世界各地から新品、中古品の農業機械、資機材が大量に流入している。


  4. .農業機械分野における技術協力の方向性
     以上の現状認識を下に、日本のフィリピンに対する農業機械分野の技術協力のあり方、方向性について検討していくこととするが、検討する項目は以下のとおりである。
    • 効率的な農作業と機械化農作業体系確立
    • 適正農業機械化政策
    • 農業機械研究開発
    • 農業機械製造工業の振興
    • 農業機械化普及システム確立
    (1) 効率的な農作業と機械化農作業体系確立
     一例として稲作の耕耘作業は、高く刈られた稲株を残したまま水田に水を張り、プラウによる荒起こし1回、レーキによる代かき2〜3回、均平1回の計4〜5回の耕耘作業が行われる。最低でも4回の耕耘作業が行われるのが一般的である。畜力利用の場合とハンドトラクタ利用の場合とを比較したとき、この耕耘作業方法、回数に違いは見られない。
      稲収穫において刈り取り、脱穀を同時に行うストリーッパーが開発され、利用されるようになったが、選別精度が悪く再度脱穀機にかけるという事態が起こっている。
      フィリピンの農村には農道が整備されていない。収穫物は圃場から農道まで人力あるいは畜力で運搬され、そこでトラックに積み替えられて家、倉庫などに運ばれる。
    以上、2〜3の農作業について少々細かく作業の内容をみてみたが、今後フィリピン農業は耕耘作業から収穫、収穫後処理作業の各段階にわたって機械の導入率が高くなるのは必然の傾向である。したがって、各農作業に機械器具を導入した際の効率的で、エネルギー節約につながる作業方法を確立していく必要がある。 
    (2)適正農業機械化政策
     従来から、フィリピン農業省は関連機関と協議しながら5カ年「農業機械化開発計画」を策定している。1992〜1995年計画に引き続き、現在1996〜2000年計画が実施されている。農業機械化政策の立案と実行に当たっては、工業化振興等経済の発展方向、農民の志向、国内資源の利用可能性、村の貧困解消、女性を初めとする住民の参加間題、環境保全等配慮しなければならない課題が多い。
     基本的には国内の農業機械産業の自立発展と農業生産増大による農民の福祉向上が農業機械化政策の目標として設定されなければならない。
     フィリピンは多くの島からなる北から南に縦に長い国であることから、地域毎に特徴のある業形態を呈している。全国一律の適正農業機械化技術は有り得ない。したがって、主要農業生地帯における適正農業機械化技術を研究開発し、実証し、普及する拠点として、既存の農業試場、大学の農学部を核とした「地域農業機械化センター」が幾つか設置されるべきである。
    (3)農業機械研究開発
     1980年代から農家平均耕作面積は減少の傾向にあり、また農地改革の自作農創出計画は小規模農家を増やしている傾向でもあり、フィリピン農業は3ヘクタール未満の小規模農家が大部分を占めるようになってきた。このような状況を反映して、農家は以前にも増して、安価で、操作が簡単で,維持費のかからない農業機械機具を求めるようになってきている。これに対応したのが中古農機の輸入を初め、中古部品で農機を製造する方策であるが、基本的には、農業機械機具は国内生産を第一とする政策を立て、その戦略を考えなければならない。
     フィリピンはエンジンを生産した経験を有するし、トランスミッションは現在でも製造している。工学系の人材は豊富に輩出されており、国内でエンジン、電動機、トラクタを生産できる能力は十分なものがある。しかしながら、農業機械市場が小さいという間題を抱えており、この点は配慮しておかなければならない。
     また、現在開発中の農業機械には、安価で汎用化を望むあまり、先進諸国が過去に手掛け、日の目を見なかった機種も見られるので、先人の轍をふまないよう適切な技術協力が必要である。
    (4)農業機械製造工業振興
     フィリピンにおける農業機械市場は、その対象が小規模農家が中心であるということから、マーケットが小さい。在庫を長く抱えても耐えられる企業はごくわずかである。農業機械製造業者の大半は農家の注文があってから生産する。農家の経済力に応じて生産することになり、原材料も規格、基準に沿わない安価なものを使用せざるを得ない。完成後の農業機械も規格、基準に沿わないものが出来上がることになる。このようなデイレンマから脱却する方策が見出され、実行されなければならない。
     フィリピンの農機製造業者のなかには製品を海外に輸出している実績をもつものもある。国際競争力をもつ農機製造器企業も育っているのである。この情勢を助長し、国内でも規格基準に合致した農業機械器具が大半を占めるようにしなければならない。民間の製造販売部門と政府系の開発機関と大学の研究部門が連携して、フィリピン国内で、国際規格、国際基準に沿う農業機械を生産する具体的な方策が必要である。
    (5)農業機械化普及システム確立
     フィリピンにおいては農業機械の製造販売台数、実際に利用されている農業機械の普及台数を示す統計数字は、それぞれの所管が発表している。したがって、全国レベルでの農業機械の製造、普及台数は推定を加えなければならなくなってくる。統計数値が定かでない現状でもフィリピンにおける農業機械化のレベルは低位にあるといわれている。農業機械化のレベルを正確に把握し、今後の方針を決定していくためにも農業機械統計の整備、農業機械化データの収集提供は重要な点である。
     また、適切な農業機械化を進めるに当たっては農民を中心とする最終利用者のニーズを正確に把握する必要があり、そのためには全地域を対象にニーズ調査を実施していく必要がある。ニーズ調査の結果により、農民が求めている機械化の方向がより一層明確に判明してくるであろう。
     それに基づいて、その地域、地元で必要な機械を開発、製造し、実証し、普及していくシステムの構築が必要であり、地域の特徴を活かし、地域の資源を有効に利用する方向で検討されなければならない。