5.農業機械の研究開発・検査と製造

1990年代後半のアジア経済危機以降、東南アジア諸国の経済は、徐々に回復しつつある。WTO自由貿易制度により、農産物輸出国、輸入国とも21世紀に入って新たな農業戦略を立直しが図られている。環境にやさしい農業を中心として、農業資機材の投入も大きな変化が見られる中、農業機械化の需要はパワーティラーを中心に増大している。工業化の進展とともに農業就業人口が減少しており、多作化の動向によっても農業機械化の需要を増してきている。
   気象・植生・土壌・水利条件等により営農システムが異なるため、各国とも簡素で安価な稲作対応の適正農業機械の開発を求めている。日本・韓国・台湾の中古機械がもてはやされているのもこうした背景があるためである。
  工業化の進展のあるインドネシア・フィリピン・タイ・インドやヴィエトナムにおいては、国による適正農業機械研究開発が進められている。適正農業機械開発に当たっては、作物に応じた機械化営農システムの構築が欠かせないが、多くの国ではこうしたソフトの提供が欠落したまま農業機械化が進展している。ソフトの取りまとめは、農業機械研究機関のみでは難しく、栽培研究部門・普及部門・営農集団や農協・民間農業機械製造販売業者・農業関連銀行等を巻き込んだ国主導の農業機械化協会の設立により行う必要があると思われる。インドネシアやインド等では研究機関やこうした組織がソフトの提供を行っている。
  農家・営農集団の農業機械購入にあたっては、各国とも条件は異なるが融資制度がある。パワーティラーと作業機の組合せが多く、水田車輪・プラウ・代掻き用機械・トレーラーが中心で、バーチカルポンプが標準装備となっている国もある。

バンコクに本部を置くESCAPの中にあるRegional Network of Agricultural Machinery (RNAM)が、韓国・中国を含む東南アジア諸国11カ国(フィリピン・インドネシア・タイ・ヴィエトナム・マレーシア・ミャンマー・バングラデシュ・ネパール・パキスタン)の農業機械の開発・検査に係るネットワーク作りと先進工業国(OECD)の試験検査レベルより低いトラクターとパワーティラーについてRNAMテストコードを設けて、途上国向けの適正農業機械の開発・試験検査の普及を行っている。しかし、ここでもハードの指導が多い。
  農業機械製造は、民間・国営企業によって行われている。インドネシア・フィリピン・タイでは民間企業であり、日本・台湾・韓国系の企業が参画している。旧計画経済国では、トラクターは国営企業が組立工場を持ち(一部部品製造)、販売網も独占している。近年ではパワーティラーや中古トラクターの分野は、民間企業も参画している。
  日本・台湾・韓国系の製造業社の製造技術は向上しており、東南アジア市場のみならず東北アジアへの輸出(製品・部品)も増えてきている。これは設計技術・製造技術・検査技術・品質管理技術指導を受け、積極的に改善してきた結果である。タイは近年、パワーティラーを中心に年間約5万台を輸出している。
  一方、旧計画経済国におけるこれらの製造技術は数十年前のままで未熟である。ひとつは経済が不安定で、外資導入制度の不備や外貨不足で、技術・材料・部品・製造機械導入が難しいこと、人材不足等である。設計思想も古いままで、機械重量一つ見ても近年の高度に発達した板金加工技術によって軽量化が進んだ機械に比べ格段に重い。
  農業機械の検査は、開発・製造に係る性能及び品質の検査と運転に係る保守点検の検査に大別される。開発・製造に係る検査設備は、インドネシア・タイ・ヴィエトナム・インドを除き国営検査ができる国は限られている。検査設備がある国でも多くは旧式のアナログ式の検査機器である。
  性能検査を例にとると公称16馬力のエンジンが実際は過大表示であったり、エンジンの特性曲線と使用回転数が最適領域から外れていることも多く見受けられる。また加工が粗雑であり、板金加工の切断面のバリがそのままで、こうした安全性を無視した製品等も数多くみられる。
  日常保守点検等のオペレーターが実施する検査業務の訓練も訓練施設がないこともあり十分行われていない。パワーティラーの場合は、販売業者が売渡し時に20〜30分オペレーター(農家)にエンジンの掛け方、クラッチの入れ方等を指導するだけの訓練が多い。
  国別農業機械の製造台数は、FAOの報告ではされておらず、稼動中トラクター(パワーティラーを含む国もある)の台数・輸入台数・輸出台数が報告されているだけである。限られた国だけで製造台数が工業省関連統計として報告されている。表3−2に稼動中のトラクター台数・収穫機と脱穀機の台数・トラクターの輸入台数・輸出台数を示す。

表3-2 農業機械普及実態

No 国 名 項目
1995 1996 1997 1998 1999
1 インドネシア 稼動中トラクター 59,991 69,509 70,000 70,000 70,000
トラクター輸入台数 3,257 4,562 7,130 4,400 1,250
トラクター輸出台数 35 27 160 270 250
収穫機・脱穀機 300,141 322,476 330,000 330,000 330,000
2 フィリピン 稼動中トラクター 11,500 11,500 11,500 11,500 11,500
トラクター輸入台数 1,535 4,735 3,885 1,750 2,100
トラクター輸出台数 9 1 60 380 52
収穫機・脱穀機 700 700 700 700 700
3 ヴィエトナム 稼動中トラクター 97,817 109,501 115,487 122,958 135,000
トラクター輸入台数 120 120 120 120 120
収穫機・脱穀機 150,000 155,325 190,690 231,159 232,000
4 ミャンマー 稼動中トラクター 7,818 8,036 8,700 9,803 10,209
トラクター輸入台数 20 18 17 18 18
収穫機・脱穀機 7,158 8,084 7,800 7,180 11,253
5 ラ オ ス 稼動中トラクター 1,030 1,050 1,050 1,070 1,070
トラクター輸入台数 65 65 65 65 65
6 カンボジア 稼動中トラクター 1,190 1,190 1,227 1,540 1,855
トラクター輸入台数 750 1,039 1,000 1,000 1,000
トラクター輸出台数 2 2 2 2
収穫機・脱穀機 20 20 20 20 20
7 バングラデシュ 稼動中トラクター 5,300 5,350 5,400 5,400 5,450
トラクター輸入台数 200 636 524 524 600
8 イ ン ド 稼動中トラクター 1,354,864 1,400,00 1,450,000 1,500,000 1,520,000
トラクター輸入台数 911 32 36 65 70
トラクター輸出台数 2,415 1,699 1,623 2,094 2,080
収穫機・脱穀機 3,550 3,700 3,900 4,100 4,200
9 スリランカ 稼動中トラクター 7,417 7,027 6,672 7,356 8,000
トラクター輸入台数 6,778 8,799 9,891 11,029 13,278
トラクター輸出台数 121 3 6 33 11
収穫機・脱穀機 4 5 5 5 5
10 タ   イ 稼動中トラクター 148,841 183,704 218,237 220,000 220,000
トラクター輸入台数 20,400 45,222 13,718 127,616 130,000
トラクター輸出台数 650 2,130 5,680 51,450 49,393
収穫機・脱穀機 68,527 76,386 83,575 69,500 69,500
出典: FAO STAT Database 2002